【工作舎×多読ジム】虫になって、虫を超えろ(浦澤美穂)

2022/11/09(水)08:00
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多読ジム出版社コラボ企画第二弾は工作舎! お題本はメーテルリンク『ガラス蜘蛛』、福井栄一『蟲虫双紙』、桃山鈴子『わたしはイモムシ』。佐藤裕子、高宮光江、中原洋子、畑本浩伸、佐藤健太郎、浦澤美穂、大沼友紀、小路千広、松井路代が、お題本をキーブックに、三冊の本をつないでエッセイを書く「三冊筋プレス」に挑戦する。優秀賞の賞品『遊1001 相似律』はいったい誰が手にするのか…。

 

SUMMARY


 いつか人間に成り代わりこの地球を支配する存在、それが虫だ。虫が持つ脅威の技術力・問題解決能力・生命力に圧倒される3冊。

 鰓を持たない『ガラス蜘蛛』ことミズグモは空気の潜水服を纏い自在に泳ぎ、水中に城を築き上げる。ダンゴムシは自律的に壁を上り、泳ぎ、道具を使うことも学習して人間が用意した迷路を突破していく。

 群れるバッタは作物どころか人間さえ食べるのだ。虫は集団で知性を共有していて、一匹の虫の死は終わりではなくありふれた変容にすぎない。誕生から500万年が経っても未だ協力し合えない、異文化コミュニケーションもままならない人類とは違うのだ。

 では人間は虫を前になす術はないのだろうか。いや、虫を愛して虫に学び、時に待ち、時に喰らいつく人間たちが、そうではない道を教えてくれる。人間だって、相変異できるのだ。


 

虫の楽園、人間の危機
 映画『のび太の創世日記』では、のび太が作った新地球の地底で文明を築いた昆虫人が、かつて自分たち虫の楽園だった地上を取り戻そうとする。では、現実の地球は虫に奪還されないのだろうか。人間が変わりゆく地球に振り落とされたとしても、虫たちはきっと生き残る。そのとき地球は再び虫の楽園になるのかもしれない。

 

ミズグモのひらめき、メーテルリンクのおさなごころ
 『ガラス蜘蛛』ことミズグモはメーテルリンクが「潜水服」と称する空気の層を纏い、自在に水に潜り、糸を重ねて釣鐘状の城を築き上げる。メーテルリンクは水中のミズグモを観察しながら「窒息による死と、飢えによる死の間に囚われながら」「突然、天才的なひらめきを得て」水棲となったクモを想像する。きっとそのイメージには、たらいに乗って故郷ゲントの運河に漕ぎ出し、水底に投げ出されるかもしれなかった幼少期の自分の姿も重なっている。自分が恐怖するしかなかった自然から課された試練を突破していくミズグモを目の当たりにした驚きは、虫の知性に対する畏怖へと変わる。

 ファーブルら昆虫学者にとって当時当たり前だった、人間に邪魔されても本能に従って動くしかない虫は知性がない、という説にメーテルリンクは「われわれより比較にならないほど強くて知性がある存在が、われわれに同じような試練を課したとしたら、われわれだって、おんなじように面喰らい、おんなじように取り乱すのではないだろうか」と反論する。少年メーテルリンクの目で見た、混乱を超えて泳げるようになったミズグモは、人間より強くて賢いのだ。

 

ダンゴムシの決断、サバクトビバッタの策略
 人間から課された試練を虫たちが超えていく姿は『ダンゴ虫に心はあるのか』でも描かれている。出口のない迷路に閉じ込められたダンゴムシははじめは本能に従いジグザグ歩き「交替制転向」で抜け出そうとする。でもいくら歩いても抜け出せないことに気が付いたダンゴムシは自らの心で未知の状況に立ち向かうことを決めて壁を登り、水路を泳いで迷路から脱出する。果たして我々が、人間よりもっと大きな何かによって宇宙に閉じ込められて観察されていることにある日気が付いたとして、その支配から逃れるべく138億光年の彼方を目指すことができるであろうか。
 『バッタを倒しにアフリカへ』におけるサバクトビバッタはに至っては、我々に成し得ないことを成すのみならず人間を喰らいすらする。群れをなして農作物を喰らい、立ち向かってくる人間の服まで喰らう。でもバッタを退治すべく人間が連帯したときに限ってなぜかぴたりと大発生しなくなるのだ。

 

死なない虫、死にゆく人間
 メーテルリンクは虫の知性は有機的に集団が共有しているらしいとして「虫は、われわれより、ずっと死なない」と書いている。そして「人間に先行して現れたこの地球上で、やがては人間を排除し、人間に取って代わることになるであろう虫たち」と言い切る。

 幼少の頃、しきりに戦争の話をしていた大人たちを思い、忍び寄るファシズムの気配を感じながら、人間が埋めた地雷の上を颯爽と飛び去るバッタを見送るしかできない未来をみていたのだろう。未知の状況に震えるしかない、イデオロギーを超えて連帯することなどできない人間の弱さの先にあるのは滅びゆく運命だ。

 

人間に残された道
 では人間はこのまま虫に地球を明け渡すしかないのだろうか。砂漠でバッタに出会えず、カネという人間の都合に翻弄されて研究が続けられない未知の状況におかれた前野ウルド浩太郎氏は、現地の仲間たちの励ましを受けて誰かと自分を比べないという決意のもと無収入でバッタの研究を続ける。そして「研究者として生き延びるためには、私自身も相変異を発現し、たくさんの「人相」を持つことが活路を切り開くカギとなりそうだ。」と迷路から脱出するための方法を見い出す。おそろいの模様で一様な集団となるバッタに対して、「たくさんの私」「突出する個の力」で立ち向かうことにしたのである。そして言葉の壁・文化の壁・背景の違いで簡単にはわかりあえない他の人間たちと「完全には通じ合えないなりの連帯」の方法を見い出してバッタを倒しに向かった。
 一方森山徹氏はダンゴムシを通じた心の研究のコツについて「対象とじっくり付き合うこと」と繰り返す。「働きかけ、そして待つ」という付き合い方は、人間同士のコミュニケーションにも新たな見方を持ち込んでくれるはずだ。
 虫に向き合えば、人間も変容できる。いつか来るかもしれない虫の逆襲に対抗する手段は、虫から学ぶべきなのだ。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕

∈『ガラス蜘蛛』モーリス・メーテルリンク/工作舎
∈『ダンゴムシに心はあるのか』森山徹/PHP出版
∈『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎/光文社

 

⊕多読ジムSeason11・夏

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオくるり(田中睦冊師)


  • 浦澤美穂

    編集的先達:増田こうすけ。メガネの奥の美少女。イシスの萌えっ娘ミポリン。マンガ、IT、マラソンが趣味。イシス婚で嫁いだ広島で、目下中国地方イシスネットワークをぷるるん計画中。

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