モテる男はずる賢い?! 文化人類学者 小川さやか氏に聞く、アナキズム柔軟体操とは【AIDA Season2 ゲストインタビュー】

2022/02/17(木)09:00
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「痛快だ」小川さやか氏のレクチャー直後、座長松岡正剛は快哉を叫んだ。2021年11月13日に開催されたAIDA Season2第2講は『チョンキンマンションのボスは知っている』の著者、文化人類学者の小川さやか氏をゲストに迎えた。

→速報記事はこちら【AIDA Season2 第2講速報!】タンザニア商人の「ずる賢さと親切心のAIDA」から学ぶ

 

アングラ経済を生き抜くアフリカ商人の知恵を、話芸と呼びたいほどの熱情をもって語った小川氏。シャーマニックな語りで、一座はあっという間にタンザニア人露天商の虜に。「どうした日本人は、彼らの知恵を活かせるだろうか」と考えをめぐらせた。

小川氏はタンザニア人露天商に学び柔軟な発想を手に入れるための習慣を、ジェームズ・スコットの言葉を借りて「アナキズム柔軟体操」と呼ぶ。この「アナキズム柔軟体操」を日常に取り入れる方法について、プログラム終了後、小川氏に訊ねてみた。

(聞き手:梅澤奈央)

 

 

■ 路上のサバイバル能力はいかに磨かれるか

 

――講義では、タンザニアなど、不確実性が極めて高い社会における人々のふるまいを紹介いただきました。そこではアルゴリズムに頼らず、消費者も商人も、毎回取引相手を自分で吟味するのが特徴ですよね。いい加減な印象のあるインフォーマル経済ですが、座衆からは「いちいち選ぶのは面倒そう」「逆に律儀」という声があがりました。

 

小川:日本の消費者は「絶対に失敗したくない」と思うから、めんどくさいと感じるんですよね。でも彼らは「このサッカー選手応援しているから、絶対いいヤツ!」などノリで選んでいますから、面倒ではない。しくじるのが普通だと思っていますね。

 

――『「その日暮らし」の人類学』(光文社新書)でも描かれていたように、日々のモノの売り買いでさえも、騙し騙される。でもその駆け引きを、人々がゲームとして楽しんでいることには驚きました。その感覚はどのように身につけるんでしょうか。

 

小川:ストリートの教育ですね。日本人みたいに街中をヘッドホンして歩いてシャットアウトするなんてことはないので、彼らは街を歩けば人と触れあいます。物理的に人と関わる機会が増えれば、「こういうタイプの人には愛想笑いをすればいい」などのノウハウが蓄積されるんですよね。そうやってスキルが身につくと、人と関わるのが楽しくなって、ますます知り合いが増え、予想外のチャンスが訪れるわけです。

 

――小川さんも路上商人として古着を売っておられましたが、最初からうまくいったわけではないんですよね。

 

小川:じつは私はもともと部屋で本を読んでいたいタイプでおとなしいほうですが(笑)、ストリートのスキルが身につくにつれてどんどんと変わっていったんです。

 

■ モテる男はずる賢い?!

 

――フィールドワークのなかで、小川さんご自身も編集されていったとは驚きです。そこは親が子に「ムジャンジャに(ずる賢く)」なりなさいと諭すように、狡知であることがよいとされる社会ですが、たとえば結婚相手にもそれを求めるんでしょうか。

 

小川:ある友人のエピソードがあります。彼は「お金持ちのお嬢さんに片思いした。でも僕みたいな貧乏人は相手にされるはずがない」と自信なさげだったんです。それを聞きつけた露天商の友人は、デートの日に一番高級なスーツと靴を貸して、タクシー運転手の友人は2時間だけ車を貸して、私はお小遣いを渡して……というように、その日限りの「ハイスペック」な男性に仕立て上げたんです。そのデートのあと、彼らは結婚しました。

 

――いやはや落語のような話です。つまりその女性は、まんまとメッキに騙されたっていうことなんでしょうか。

 

小川:いや、そうじゃないんです。奥さんいわく「彼がもともとは貧乏だということはすぐにわかった」でも「必要なときに、必要なものを持ってくることができるのもわかった」と。

 

――おぉ。それって、日本人のように「仕事ができる。だから甲斐性がある」という考え方とはすこし違いますね。

 

小川:そうなんです。仕事の才覚があることも大事ですが、それだけだとその人が倒れたらそれで終わり。でも、その人が頼れる人をたくさんもっていれば、たとえ一ヶ月のあいだ病気になったとしても生きていけるわけです。だからその彼女の選択はとても合理的だと感じます。

 

 

■ 日本人はなぜ生きづらいのか

 

――誰もが持ちつ持たれつ生きているんですね。タンザニア商人コミュニティは誰もが排除されない生きやすい社会に見えます。うつ病になる人などは、いるんでしょうか。

 

小川:うつ病もありますよ。でも、日本のように人間関係の息苦しさが原因という話はあまり聞かないですね。うつ病になる原因としては、自分が病気になったとか、子どもの教育費を十分に捻出できないとか、あるいは大切な人が困っているのに助けられないなどの話をよく聞きます。

 

――どれも「利他」ができないことへの悩みですね。彼らに自責の念ってないんですか。

 

小川:それはあまりないのではないかと思います。なぜって、すごく不確実な社会だから、どこまでが自己責任かわからないんですよ。それに、社会の状況もすぐに変わってしますから、反省することが自らの分を越えていて危ういわけです。無理は禁物です。

 

――おおお、それはなにもかも「自己責任」として押し付けられる日本人と大きく違いますね。

 

小川:日本だけでなく、不確実性を減らしていった先進諸国はそうだと思います。私たちは「未来を先取りしてリスクを回避すべき。失敗したのはリスク回避できなかったあなたの責任だ」という一貫性が求められる社会ですよね。

 

――しかも、自分ひとりで責任を感じるだけでなく、他者からも糾弾されるというのがつらいんです。

 

小川:それが「監査文化」ですね。本来「監査」って専門家など特定の人たちが、会計監査などを行うもの。でもこの社会では、一般の人々があるときはTwitterの投稿者、あるときはテレビの視聴者として、他人の行動に対して「説明責任を果たせ」と追及している。そうすると他者評価に規定されて、どんどん息苦しくなりますよね。そうやって苦しくなると、他人にもその窮屈さを求める。だから、本来自分のコントロール外にあるはずの他人の人生に対しても、平気で監査を行ってしまうわけです。

 

■ いまこそお歳暮の復権を

 

――ますますタンザニア商人のようなコミュニティに憧れるんですが、私たちはどうやってこの社会を変えていったらいいんでしょうか。

 

小川:イチからコミュニティを作ろうと思っても大変です。私たち一人ひとりができるのは、社会のコードをうまく変容させるスキマをいっぱい作っていくことだけだと思います。たとえば、ほんとうに頼れる人を身近に作っていくのが手っ取り早いでしょうね。タンザニアの人って、「お金がない」「パソコンが壊れた」なんて言いながら、しょっちゅう電話かけてくるんですよ。

 

――「人に迷惑をかけないように」という教育を受けた日本人はなかなか出来ませんね。

 

小川:ですよね。でも私は、仕事でどうしてもピンチになったとき、かつて関わりのあった学生さんに「ちょっと助けて」と連絡します。すると、だいたい「なんでもやりますよ」って応えてくれます。それはなぜかといえば、かつて論文を一生懸命添削してあげたとか、そういう〈貸し〉があるからかも。そんなこと教員の義務なんですけどね。でも誰かに何かをすることを楽しんで、返さなくても別に構わないような気軽な〈貸し〉をいっぱい作っておくと、いつか〈借り〉が返ってくるかもしれない。

 

――お返しがあることを期待せずに、自分ができることを粛々と行うわけですか。それならできそうです。

 

小川:そうそう。大事なのは、交換の原理に乗らないということです。〈借り〉は返してもらわなくてもいいんですよ。返ってくるかもしれない〈貸し〉が人生の保険です。だから、自分でも〈借り〉をすぐ返さないことを意識してみるのもいいですね。

つまり、ふつうに「贈与」してみるといいと思いますよ。なにも高いプレゼントをあげるのではなくて、雑用をしてあげるとか、「ありがとう」って言ってみるとか。

 

――贈与というと、日本人にとってはお歳暮やお中元などが身近でしたね。

 

小川:博報堂の生活定点調査によると、平成期にはお歳暮やお中元はずいぶん減ったんです。その代わりに増えたのが、父の日や母の日のプレゼントや、自分へのご褒美チョコ。つまり、身近な人への贈与が中心になっています。でも、贈与って、あまり親しくない人と関係を築くためのツールでもあるんですよ。

 

――アフリカの警察官に渡すためのタバコをつねに3種類持ち歩いているという小川さんから聞くと、説得力があります。

 

小川:「これをあげるから、これをしてね」と便宜をすぐに引き出そうとすると賄賂ですが、彼らの感覚としては、「たまたま出会った人に親切にしてあげた。そうしたら、自分が困っているときに、何かが返ってきた」というものです。日本人はすごく孤独な人が多いと思いますが、ちょっとした贈与をしてみることで、インフォーマルなアナキズムをすこしずつ広げていければいいなと思います。

 

▽編集後記

小川氏のまわりはいつも賑やかだ。マイクを向けられれば、膝に置いたレジュメを毎回お決まりのように落とし、周囲の人が拾う。鼎談中は、大学時代から同じゼミで学んだという旧友・松村圭一郎氏が、小川氏の発言を引き取っては補足。小川氏は「松村さんがいつも通訳してくれて助かる」と屈託なく笑う。休憩時間には喫煙所に直行し、ヘビースモーカーの座長松岡が「同志」とにんまりする。自分のスペックを上げていくのではなく、他者というハードディスクと接続して全体のパフォーマンスを上げていく。タンザニア商人の生き方をそのまま体現したような文化人類学者だった。

 

ハイパーエディティングプラットフォーム[AIDA]season2のテーマは「メディアと市場のAIDA」。

次世代リーダーが座長松岡正剛のもとに集い、なにが語られているのか。詳細はこちらのまとめ記事で。

【Archive】[AIDA]が描く「編集的社会像」

 

 

 

写真:後藤由加里

  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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