天使は舞い降りた■武邑光裕を知る・読む・考える(4)

2024/01/13(土)08:04
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今52[守]では、「武邑光裕」の名がとてつもない頻度で飛び交っている。氏による52[守]特別講義が迫っているからだ。その交わし合いの中から生まれた連載「武邑光裕を知る・読む・考える」。第4弾は、越境の地から日本と世界を活写した『ベルリン・都市・未来』をお届けする。


 

■デジタルデータは国境を持たない。だがそのことで、かえって「境目」が見えなくなっている。

 

■天使ダミエルは、廃墟の尖塔からベルリンの街を見下ろしている。その存在に気づくのは子どもだけ。東西冷戦の壁が残る1987年、ヴィム・ベンダース監督による『ベルリン・天使の詩』の冒頭のシーンだ。天使は、人間の弱さや悲しみを感じることはできるが、「傍観者」でしかない。色も匂いもない世界で、ダミエルはただ寄り添うだけなのだ。天使ダミエルは空中ブランコの舞姫マリオンに恋する。マリオンのすべてを感じたい。ダミエルは天使であることをやめ、人間になることを選ぶ。

 

■武邑光裕さんは著書『ベルリン・都市・未来』の中で、『ベルリン・天使の詩』に言及しながら、壁崩壊後のベルリンにやって来たアーティストやハッカー、DJや起業家(ネオ・ヒッピー)たちを天使ダミエルに重ねる。彼らもまた「傍観者」を辞めたのだ。そしてベルリンは、世界のデジタル経済の中心地となり、自己組織化と多様性の街となった。

 

■目を覚ました人間ダミエルは、頭の痛みに気づき、手をやる。血の赤。ダミエルが初めて目にした色だ。天使にはない痛み、恐れ。「傍観者」を辞めることは、リスクを抱え込むことでもある。
 武邑さんが長年勤めた大学を辞し、ベルリンに越境したのは2015年春のこと。同地に居を置き、「ベルリンからみた日本と世界」について書いた。そうか、武邑さん自身が天使ダミエルだったのか。

 

■ベルリンの地で、武邑さんは日本が発信する「クールジャパン」に違和感を覚える。1990年代後半、英国で「クール・ブリタニカ」が提唱されたのは、英国の古い愛国歌「ルール・ブリタニカ」への返礼だった。ルールは「統治、支配」の意だ。大英帝国時代のルールな(重厚長大な)産業から、クールな(洗練された先進性の)産業へ。
 クリエイティブ産業への脱皮をうたう英国のスローガンをもじって、日本で「クールジャパン」が提唱され始めた。それは、「クール・ブリタニカ」とは似ても似つかない、日本人による日本文化の自画自賛だった。そんなクールを、ベルリンでは誰も求めていない。

 

■日本の伝統は、伝承の「守破離」の上で自由に飛躍する創造行為だ。日本は、この「創造する伝統」ゆえに、世界を魅了する文化や経済を創造してきた。同質性に拘泥し、自由な飛躍をやめた時点で、クールジャパンも伝統も実体をなくす。
 世界各地で日本のサブカルチャーに魅了された若者は、日本文化の二次創作や改変の自在な気風に「クール」を見た。文化は越境し、変化し、価値観を刷新する。では境界のない世界で、文化は飛躍できるのか。

 

■武邑さんが活写するベルリンのイノベーターたちは、繋がりあうこと、重ね合うことを得意とする。自らの思いや行動を言語化し、世界へ広げていく。この街の活況の源にはこの「機動力」があった。ベルリン流ソーシャル・イノベーションだ。

 ベルリンに舞い降り続ける元天使たちは、今でも街を変化させている。傍観者に世界を変える力はない。もちろん自分を変える機会もない。


■人と繋がること、意外なものを重ねること、創発を言葉にすること。これらはイシス編集学校が目指してきたことではなかったか。であるならば、イシスからイシス流「クールジャパン」を創発することも可能なはずだ。

 

■天使の翼はもういらない。リスクを恐れず、私たちは舞い降りる。

 

アイキャッチ/阿久津健(52[守]師範)


 

イシス編集学校第52期[守]特別講義●武邑光裕の編集宣言 

●日時:2024年1月21日(日)14:00~17:00
●ご参加方法:zoom
●ご参加費:3,500円(税別)*52[守]受講生は無料

●申込先:https://shop.eel.co.jp/products/detail/622
●お問合せ先:es_event@eel.co.jp

 


◆武邑光裕を知る・読む・考えるシリーズ◆

異種交流で浮き世離れせよ 『デジタル・ジャパネスク』

日本文化の記憶の継承者たれ 『記憶のゆくたて ーデジタル・アーカイヴの文化経済ー』

全体主義に抗うための問いを持て 『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』

  • 角山祥道

    編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg