編集かあさんvol.43 野菜づくりのリズム

2023/04/29(土)08:57
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「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。

 

 一番暇な季節

 

 中学校卒業と高校入学の間という、人生で一回しかない春休み。長男は例年と変わらず、毎日少しずつ冬野菜のプランターの片付けにいそしんでいた。
 広くなった庭をみて、長男が「夏野菜の植え付けを待つこの季節が一番、家庭菜園の仕事が暇なんだ」とつぶやくと、長女が「お兄ちゃん、いつごろ夏野菜、植えるの?」と質問した。
 「普通は、だいたい四月下旬からゴールデンウィークにかけてかな。自分は早めに植えたいタイプ。だから四月中旬から少しずつ植え始める」
 「そうなんだ」
 「野菜づくりには一年のリズムがある。お兄ちゃんにはお兄ちゃんのリズムがある」
 長男のつぶやきに、子どもの<強さ>を見た思いがした。


 暦をつくる

 長男が家庭菜園をはじめて10年以上になる。植えつけや収穫の時期も自分で決め、パソコンを使えるようになってからは、いつ何をしたかをブログやオンライン掲示板で記録している。
 作業時期は、最初は祖父母に聞いたり、Eテレの「趣味の園芸 やさいの時間」を見たり、本を参照したりしていた。
 昨年の収穫量の記録や、天気予報と照合して、今年はどうするかを決める。続けるうちにだんだんと長男なりの「暦(リズム)」ができてきた。


小さい時によく見ていた野菜づくりやガーデニングの絵本

 3月は、進学の準備に少し翻弄された。学校説明会。出願締め切り、面接試験、選考結果の発表、入学手続の締切。すべて学校が決めたスケジュールにあわせて動いていく必要があった。
 学校を離れて独学してきた長男にとっては慣れないことだったけれど、植物と自分とのアイダで作っていく「野菜づくりのリズム」がゆるやかに支えになっていたのかもしれない。

 八重桜が咲いたら

 道を歩いていると、八重桜が満開を迎えている。
 口伝えでは、「八重桜が満開になったら、夏野菜の植え付けシーズン」とも言われてきた。近年の気候変動で咲く時期が少しずつ早まっている。
 「野菜の植え付けも早めるのかな」「むずかしいね」という話になった。
 植えるのが早すぎた場合、気をつけなければならないのは、遅霜で苗が弱ったり、枯れたりすることである。
 桜の開花は冬の寒さと休眠からさめてからの積算温度が関係しているのだが、これが春の気温の上下とどう関係しているのかはわからない。例年通りで進めてみるという。
 逆算して、ホームセンターに苗を買いに行く日を4月16日と決める。

春の雨の中の、満開の八重桜

 

 苗を買う

 ホームセンターへは長女もついてきた。
 まず、トマトのコーナーを見る。
 「わあ、こんなにいろんな種類があるんだ。お兄ちゃん、どれにするの?」と長女が聞く。
 「いろいろ買う。サイズはミニと中玉と大玉、色は赤とオレンジと黄色を揃える」
 聞きながら、「サイズ」と「色」の【二軸四方】だと思う。
 ひとつずつ見て「茎が少し細い」「あ、大事なところが折れてる」「虫は大丈夫」と言いながら、選んでいく。
 「トロトロ炒めなす」という品種のナスは、「去年、育ててみたけど、トロトロにならなかった。うちの庭と相性が悪いのかも。<長なすブラブラ>はよかったからそれにする」。
 最近の品種名には【オノマトペ】が活用されている。



「サントリー本気野菜シリーズ・トロトロ炒めナス」。隣は「クリーミー揚げナス」

 ズッキーニは今年、育てるかどうか。パプリカは赤か黄か。トウモロコシは何本にするか。苗を買うのは小さな決断の連続である。
 「早くしてよー」。飽きてきた長女を「ごめん、もうちょっと」となだめながら、14の苗を選び終えた。
 
 植物を読む

 帰宅してすぐに、買ってきた苗の土をチェックし、乾いているものには水をやる。
 野菜を育てることの一番の楽しみは収穫で、二番目は植えつけだという。植えつけ前、植え付け中、植えつけ後、写真を撮りながら作業する。
 葉も、根も実によく見ている。情報のかたまりなのである。

 

土だけを湿らせるときはじょうろを使わず、ペットボトルで水やりする


 長男は文字を読みはじめるのは遅かったが、ある時、彼にとって植物こそが本であり、先生なのだと気がついた。「情報を読む」ことに慣れると、本も読めるようになってきたように思う。
 4月9日に入学式があり、高校生としての生活が始まった。
 長男の中学校生活は、新型コロナウィルスにともなう種々の制限で、集団生活になじみにくい子どもが大幅に増えた3年と重なった。
 小さな決断を重ねながら何かを「つくる」「育てる」場や時間こそが、「自由」をつくり、自分を育てる。このこと、家庭菜園と、菜園と天文のブログを続ける長男はいつの間に知ったのだろう。

 

トマトから植え始める。赤、オレンジ、黄色のトマト。サイズはミニ

 


■編集かあさん家の本棚より
”家庭菜園を始めたくなる3冊”

『キッズのための50のガーデニング』クレア ブラッドレイ (著), 田中 尚美 (翻訳)、マルモ出版
『やさいをそだてよう』鳥居ヤス子;かわさきようこ (著)、冨山房
『たねからめがでて』かこさとし(著)、童心社

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  • 松井 路代

    編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg