『NEXUS 情報の人類史 上』×3× REVIEWS

2025/05/07(水)07:55
img NESTedit

 松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。
 今回は、ビジネスパーソンにも人気の、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの最新刊『NEXUS 情報の人類史』(河出書房新社)を取り上げます。推薦者は、チーム渦のメンバー・柳瀬浩之さん。「虚構を作り出した人間は、人間至上主義からデータ至上主義へ向かっていると喝破したハラリ氏。氏の今回の相手は、編集学校にとっての本丸、“情報”です」。
 他講座からのゲストも迎え、まずは上巻からヨミトキます。


 

『NEXUS 情報の人類史 上――人間のネットワーク』×3× REVIEWS

 

1 人の歴史は情報をめぐる物語だった

プロローグ
第1章 情報とは何か?

 

上下合わせて600ページ超になる本作。第Ⅰ部第1章は「情報とは何か?」という問いで始まる。答えるためには、人類が情報をどう扱ってきたかを知らねばならない。

 「ビッグデータ」という言葉が輝いた時代がある。情報が多いほど真実に近づける。しかし著者はこれを「情報の素朴な見方」と切って捨てる。周囲を見よ。大量の情報が容易に集まる時代なのに、人類は「自滅に近づいている」。ましてやAIだ。情報を意思決定の手段として活用した人間に取ってかわろうとしている。
 では情報とは何か。人類は、情報を「物事を結びつけるもの」として活用し、人とのネットワークを巨大にすることで生き延びてきた。最たるものが「物語」だ。同じ物語を信じることでつながってきた人類。…例えば聖書。しかし真実だけでは不足だ。真実と秩序が揃って人を動かす「力」となる、その源泉が情報だ。(多読アレゴリア【大河ばっか!】筆司・相部礼子)

 

2 誤りを認めて修正できるか否か
第3章 文書──紙というトラの一嚙み
第4章 誤り──不可謬という幻想

 

情報は人を動かす大きな力となりえるが、諸刃の刃ともなる。悪しき物語に対抗したのは、「誤り」に関わる科学の仕組みだ。

 昔、魔女狩りがあった。悪魔と通じ、空を飛んだという罪で多くの無辜の命が奪われた。魔女の物語は、真実が一つも含まれていないにも関わらず、強力な秩序を生んだ。
 人間は間違う生き物だ。著者はここに活路を示す。自己修正メカニズムだ。自己を疑い、誤りがあったときに認め、修正する仕組みが、人間の欠陥を乗り越える。じっさい科学の分野は、自己修正メカニズムを発揮して進歩してきた。
 今日の肉体も日々の自己修正の賜物だが、本書では自己修正メカニズムの主体を「機関」としているのが印象的だ。たとえ一個人の誤りであっても機関が訂正を引き受ける。「あなたの誤りは我らの誤り」が、これからの情報編集の鍵なのかもしれない。(多読アレゴリア【EDO風狂連】風師・吉居奈々)


3 AIがルールの変革を迫る
第5章 決定──民主主義と全体主義の概史

 

物語も自己修正メカニズムも万能ではない。加速する情報化社会の中で人類は溺れかけている。いま、ルールのどこを動かすべきか。

 情報革命が政治の世界をゲームチェンジしつつある。情報の奔流の中、ポピュリズムは分かりやすい対立軸を示すことで仮想敵の隙につけこむ。その先に待つのは無謬を旗印とする全体主義の世界かもしれない。対する民主主義は高速で虚実が入り乱れる情報に振り回され、多様性を包摂しきれていない。自己修正システムも情報の急流に追いつかず、機能不全に陥る始末だ。そして、ツールを超えた人間ではない知性としてのAIの登場はルール・ロール・ツールを決定的に変化させた。これからの政治は人間と人間以外の分断にどう橋渡しをし、ルールメイキングしていくかが問われる。人間の境界が揺らぐ時代の到来だ。(55[守]同朋衆・佐藤健太郎)

『NEXUS 情報の人類史 上――人間のネットワーク』
ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳/河出書房新社/上下各2200円(税込み)

    

◆上巻目次

 

プロローグ
情報の素朴な見方/グーグルvs.ゲーテ/情報を武器化する/今後の道筋

第I部 人間のネットワーク

第1章 情報とは何か?
真実とは何か?/情報が果たす役割/人間の歴史における情報

第2章 物語──無限のつながり
共同主観的現実/物語の力/高貴な嘘/永続的なジレンマ

第3章 文書──紙というトラの一嚙み
貸付契約を殺す/文書検索と官僚制/官僚制と真実の探求/地下世界/生物学のドラマ/法律家どもを皆殺しにしよう/聖なる文書

第4章 誤り──不可謬という幻想
人間の介在を排除する/不可謬のテクノロジー/ヘブライ語聖書の編纂/制度の逆襲/分裂した聖書/エコーチェンバー/印刷と科学と魔女/魔女狩り産業/無知の発見/自己修正メカニズム/DSMと聖書/出版か死か/自己修正の限界

第5章 決定──民主主義と全体主義の概史
多数派による独裁制?/多数派vs.真実/ポピュリズムによる攻撃/社会の民主度を測る/石器時代の民主社会/カエサルを大統領に!/マスメディアがマスデモクラシーを可能にする/二〇世紀──大衆民主主義のみならず大衆全体主義も/全体主義の概史/スパルタと秦/全体主義の三つ組/完全なる統制/クラーク狩り/ソ連という一つの幸せな大家族/党と教会/情報はどのように流れるか/完璧な人はいない/テクノロジーの振り子

 

■著者Profile
ユヴァル・ノア・ハラリ( Yuval Noah Harar)
1976年生まれ。イスラエルの歴史学者。ヘブライ大学歴史学部教授。石器時代から21世紀までの人類の歴史を概観する著書『サピエンス全史』(2011年)は、2014年に英訳、2016年に日本語訳されるなど、あわせて50か国以上で出版されベストセラーとなった。フェイスブックの創始者ザッカーバーグは、同書を「人類文明の壮大な歴史物語」と評した。オバマやビル・ゲイツも同書の愛読者と言われる。巨大AIに関しては一貫して警鐘を鳴らし続けている。

出版社情報

ハラリの捉える「情報」の姿が見えてきたところで、怒濤の「下巻」へと続きます。

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

  • 『ケアと編集』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。 さて皆 […]

  • 寝ても覚めても仮説――北岡久乃のISIS wave #53

    コミュニケーションデザイン&コンサルティングを手がけるenkuu株式会社を2020年に立ち上げた北岡久乃さん。2024年秋、夫婦揃ってイシス編集学校の門を叩いた。北岡さんが編集稽古を経たあとに気づいたこととは? イシスの […]

  • 目に見えない物の向こうに――仲田恭平のISIS wave #52

    イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 仲田恭平さんはある日、松岡正剛のYouTube動画を目にする。その偶然からイシス編集学校に入門した仲田さんは、稽古を楽しむにつれ、や […]

  • 『知の編集工学』にいざなわれて――沖野和雄のISIS wave #51

    毎日の仕事は、「見方」と「アプローチ」次第で、いかようにも変わる。そこに内在する方法に気づいたのが、沖野和雄さんだ。イシス編集学校での学びが、沖野さんを大きく変えたのだ。 イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変 […]

  • 『NEXUS 情報の人類史 下』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。  歴 […]

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025