花伝式部抄::第9段::「わたし」をめぐる冒険

2023/07/11(火)11:59
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花伝式部抄_09

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 編集稽古は「凧揚げ」に似ていると思います。

 凧は一人で空を舞うことができません。そこには凧になって空を舞う人と、地上に立って凧の糸を握る人がいて、2つのロールが機に応じて動的にカワルガワルするイメージです。ツールとしての糸は、稽古で学ぶ「型」の見立てということでいかがでしょう。

 

 教室の師範代は編集稽古をサポートするロールですから、一見すると「糸を握る人」にみえますが、自らが最前線で編集を実践する「空を舞う人」でもあります。同じように、学衆は師範代の指南を受けて「空を舞う人」ですが、予期せぬところで他の誰かの編集をサポートしていたりもします。

 イシスのような相互編集の環境下では、「わたし」の冒険はどこかで誰かにサポートされ、同時に「わたし」は(自覚的かどうかはさておき)どこかで誰かの冒険をサポートしていることを、私たちはよくよく承知しておきたいものです。

 

 人はどんな生き方を選択しようと、凧の糸の片側だけを体験することはできません。けれど、どちらかの側だけを生きようとする人は少なくありません。そして、空を舞うことばかりを好む人は空回りや行き詰まりに直面しがちですし、糸を握る側に居場所を求めようとする人が思いやりを拗らせて立ち尽くす姿もしばしば見かける光景です。

 花伝所での式目演習のユニークネスは、この「空を舞う人/糸を握る人」の両側を何度も往還しながらとことん体験していただくところにあります。けれど、毎期およそ1割の入伝生が、このインタラクティブでチャレンジングな編集実践プログラムから脱落してしまいます。脱落の理由はさまざまですが、理由がなんであれ志半ばで歩みを止めてしまうのは残念なことです。講座の完了者も未完了者も、指導陣である我々も、等しく「道」の途上にあって、それぞれの速度とモードで歩み続けようとしていることを、あらためて心に留めておきたいと思っています。

 

「わたし」をめぐる変容プロセスとBRFWA

 

1. 出来事の発生

「わたし」が未知のモノゴトに差し掛かる。

そのとき新しく入力される情報は既にある手持ちの情報レパートリーと照合され、「わたし」を媒介にした情報的自他の系列化が起こる。

2. 変容する感覚の体験

新たな情報環境のなかで、それまでの解釈過程を呼び出しながら、情報を意味単位ごとにネットワーク化し、仮説形成を行う。

このとき「わたし」は編集的対称性の発見と動揺を繰り返すフィードバック・ループの渦中に置かれ、様々な感覚や気持ちを体験する。その体験が快適でなくなると、多くの場合、好奇心や探究心から離れて習慣的な行動様式へ回帰し、次のステップには進めない。

ネガティブ・ケイパビリティ」とは、こうした変容プロセスにおける「わたし」の有り様を、ありのままに自己受容しながら体験の渦中にとどまって、別様の可能性を模索し続けようとする態度のことである。

3. 新しい文脈の獲得

粘り強くフィードバックを繰り返すことで、やがて理解のための分岐点が訪れ、「わたし」をめぐる情報の相関関係や意味づけに相転移が起こる。体験を通して獲得した「知」は何ものにもかえがたい。

ここで起こる出来事は「Re-formation(再構築、改革)」ではなく「Trans-formation(超構築、変容)」と呼ぶべきだろう。

4. 実践による学びの統合

新たに獲得した「知」を実践を通して経験することで、学びは無意識から意識的なレベルへ移行し、アタマの理解とカラダの理解が統合されて行く。

5. 世界像の再構成

統合された「わたし」が新たな世界観のなかに在ることを確認すると、「わたし」を含む世界像は再構成される。すると「わたし」は新たな世界のなかで新たな未知に出会って行く。

 

BRFWA

 

BRFWA(ブラフワ):

リパルヨガのメソッドで「Breathe / Relax / Feel / Watch / Allow」の頭文字。呼吸(Breathe)をツールにして心身をリラックス状態へ導くことで(Relax)、そこで湧き上がる感覚や感情、記憶などを感じ(Feel)、体験に留まった状態を保ちながら、ありのままの自分の様子を観察し(Watch)結果に期待することなく自己の有り様を許可する(Allow)ことを教えている。呼吸は、人間の生命維持に関わる代謝回路のうち意識によって質や量を自在に制御することができる唯一のチャンネルであり、「自己」を編集対象として扱う際には有効なツールとなり得る。さて、編集稽古の場で「呼吸」と置換可能なツールがあるとすれば何だろう?

 

 私自身のことを振り返れば、入門した31[守]が2013年夏の開講でしたから、この7月はイシスライフ丸10周年の夏となります。
 この世界はあまりに広くて、にも関わらず徒手空拳で世界と向き合おうとする無謀な「わたし」が、何か一つでも技や武器を得なければと不足に駆られて入門したわけなのですが、出身教室での稽古ぶりを今あらためて見返すと、ずいぶんと青臭いことを書いていて苦笑いするばかりです。
 イシスの10年で成長したかと問われれば、正直なところよくわかりません。その都度々々で、学びと実践を繰り返し、「わたし」を更新し続けてきたという自覚と自負はありますが、その軌跡は「成長」という価値観とは異なるもののように感じています。今日も昨日も、そしておそらく明日も、私は試行錯誤の渦中に在ることでしょう。

 そんなふうに蠢動し続けて止まない「わたし」を許してくれる環境を、イシスは与えてくれているのだと思います。文字通りの意味で「有難い」ことです。

 

 さて「咲く花」の合言葉で始まった39[花]は、道場、錬成場での式目演習を終え、先週末は指南トレーニングキャンプを行いました。残すプログラムは月末の敢談儀のみです。花伝所はわずか7週間の集中講座ですが、入伝生たちが昨日から提出を始めている振り返りレポートには、すでに原郷を遥か遠くに見遣るまなざしで溢れています。一人一人が「わたし」をめぐる何かを更新する渦中にあることが窺えます。晴れて放伝を迎える「咲く花」の面々がそれぞれのNEXTへ向かって歩んで行く姿を、眩しく、頼もしく、見送りたいと思っています。

 

 そんな訳で、今シーズンの連載は今週号にて一区切りとなります。おつき合いくださってありがとうございました。またお会いしましょう。

 

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花伝式部抄(39花篇)

 ::序段::  咲く花の装い
 ::第1段:: 方法日本の技と能
 ::第2段::「エディティング・モデル」考
 ::第3段:: AI師範代は編集的自由の夢を見るか
 ::第4段:: スコア、スコア、スコア
 ::第5段::「わからない」のグラデーション
 ::第6段:: ネガティブケイパビリティのための編集工学的アプローチ
 ::第7段:: 美意識としての編集的世界観
 ::第8段:: 半開きの「わたし」
 ::第9段::「わたし」をめぐる冒険

スコアリング篇)>>

  • 深谷もと佳

    編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。編集工学を体現する世界唯一の美容師。クリパルのヨギーニ。