今月のお題は「彼岸」である。
うっ…「彼岸」なのか…。
ハッキリ言って苦手分野である。そもそも彼岸なんてあるのだろうか。
「死ねば死にきり。自然は水際立っている。」(高村光太郎)
という感覚の方が私にはしっくりくる。
しかし、一方で私は「物語」が大好きである。
私のような「物語」好きの人間にとって、あの世や彼岸というものは極めて重要なアイテムであり、とりわけ、涙腺を決壊させるには最も強力な武器の一つである。
「彼岸」は信じてはいないが、嫌いではない。むしろ上手いこと使ってくれると素直に脱帽する。
私は心霊ホラーも大好物なのだが、そもそも幽霊を信じていないので、後を引かない。しかし優れた心霊ホラーは、私のようなゴリゴリの合理主義者ですら、観た後に嫌な後味を残し、何かの深淵に触れたような気持ちを起こさせる。そこにはなんらかの真実が、たしかにある。
こういったことは、あの世だの霊魂だのを信じているか否かとは無関係なのだ。
ところでマンガの中で「彼岸」はどのように描かれるのだろうか。
実は、最近、マンガでは「彼岸」は不人気なのである。このごろのマンガのキャラクターは、死ぬと、すぐ「転生」してしまうらしい。
まるっきり異世界に転生してしまうこともあれば、現世に転生して、人生を一からやり直すパターンもある。近頃、マンガの「彼岸」は過疎気味なのである。
映画はどうかというと、今度は「時間ループ」ものがやたらと多い。死ぬや否や24時間前とか一週間前とかに戻ってしまう。とにかく、どいつもこいつも往生際が悪いのである。
そんな中、がっつりと「彼岸」に向き合っているマンガはないかと考えると、やはりこれを挙げないわけにはいかないだろう。
しりあがり寿の『真夜中の弥次さん喜多さん』と『弥次喜多in DEEP』の二作である。
(しりあがり寿『真夜中の弥次さん喜多さん』①マガジンハウス)
しりあがり寿といえば、”メメントモリの伝道師”とでもいうべき、死をめぐる哲学的な作風で知られる作家だが、最初からそんな感じの人ではなかった。
80年代半ばにデビューした頃のしりあがり寿は、ヘタウマ系の絵で素っ頓狂なギャグをかっ飛ばす押しも押されもせぬギャグマンガ家だった。
時代は、いがらしみきおや相原コージなどとともに新しいギャグの革命が起こりつつ時代であったが、しりあがり寿もまた、最極北の一人として注目されていたのである。
そんなしりあがりが、初めて本格的にギアを入れ、今に至る独自の作風を確立したのが、94年に連載が開始された『真夜中の弥次さん喜多さん』だった。
本作も初めの頃は、一見すると今までのしりあがりギャグの延長のように見えた。しかし連載が進むにつれ、異様な展開になっていく。
もともとはタイトル通りの「真夜中のカーボーイ」パロディ。東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんが実は同性愛者で、しかも喜多さんは重度のヤク中という設定である。
二人の珍道中は、やがて夢とうつつが混濁した幻想的な世界に突入し、そこに濃厚な死の影が忍び込む。まるで冥府の世界を思わせるような不可思議な幻覚的ビジョンの数々は、見当識をおかしくさせられるほどの迫力があったが、連載中はほとんど話題にならなかった。
やがて掲載誌の休刊により連載は終了。そこへ救いの手を差し伸べたのが「コミックビーム」である。
97年より『弥次喜多in DEEP』とタイトルを変え、同誌で再出発した頃から、本作はボツボツと注目され始めるようになる。目の早い著名人やタレントが矢継ぎ早にメディアに紹介し始め、「しりあがり寿がすごいことになってる」ことに、世間もようやく気がつき始めた。
2001年、第5回手塚治虫文化賞優秀賞を受賞した頃には、多くの人から、新刊を今か今かと待たれる大注目作になっていたのである。
虚実のあわいが錯綜したその作風はいわくいいがたく、これまでのどんなマンガにも似ていなかった。幻覚の地平線、死後の世界が、確かにそこにあったのである。
その後、多くの傑作を連打するしりあがり寿であるが、やはりこの作品は一頭地を抜いている。一世一代の大傑作であると思う。
未読の方は是非ともご一読を!
(了)
オマケのオマケ
アイキャッチ画像:小津安二郎「彼岸花」(1958年) 。戦後の小津作品の中で最も華やかでエンタメ度の高い作品。
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Higanbana.jpg?uselang=ja#file
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堀江純一
編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。
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