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2011年の3月11日にはここにいなかった。けれど、東日本大震災の慰霊祭に参加するのは8回目になった。住んでいる神社の境内の慰霊碑の前に祭壇を設けて、亡くなった人にご神饌と呼ばれる食事を捧げ、祈る。午後2時46分が近づいてくると、石段から裏の参道から、近所の人たちが上ってくる。13年前も、ある人は地震のあとすぐに、ある人は津波に追われるように駆け上がった、20メートルほどの高台だ。
神主の行う慰霊祭のはじめに降神の儀というものがある。こちらのおばあちゃんが亡くなった時、はじめて神道のお葬式に出てこれを聞き、ちょっとびっくりした。神主が低い声で「おおお~~~」と長い音を出すのだ。
この声は警蹕(けいひつ)というらしい。「蹕」は「先払い」とも訓み、天子の行幸の際に護衛がまわりに声をかけることだそう。『字統』によると『礼記』に「主、廟を出て、廟に入るとき、必ず蹕す」とあり、もとは神事に用いられていた。
「降神」と言うように、この振動を伝わって、神様や亡くなった人の魂が降りてくるのか、と思った。神道では亡くなった人の魂は、しばらくは生きていた時の個性を保っているけれど、時間とともに(33年あるいは50年といわれる)集合体としての祖霊になるという。長い時間をかけて、お盆やお彼岸に供養してもらううちに、だんだんと個が融けて混ざってゆくなんて、わかるようなわからないような、やさしいようなこわいような不思議な感覚だ。
子どもとどちらが長く息継ぎせずにいられるか、という遊びになることがある。特にお風呂場なんかで、ふたりで顔を合わせて「あー」と声を出し続けていると、声が響き合って、混じり合っていくような気がする。いつか死んで何年も経って、集合体としての神様になっていくって、こういうことなのかな、と思った。声と声の波が重なってひとつになるように。
だけど、どうして「お」なのだろう。警蹕には「おお」のほか、「しし」「おし」「おしおし」なども使うという。静かなところで「しーっ」と注意を促すように、無声でも摩擦音で一定の音が続けて発声でき、耳を引きやすい音が選ばれている。
「おー」というと、ヨガのクラスなどで聞くことがある「オーム」というマントラを思い出す。バラモン教では、「aum」と3つの聖典を象徴する3つの音からなり、ブラフマンを象徴する。ヒンドゥーではこれがブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァの三神一体を表す。また密教では真言の冒頭の「オン」となった。
「オー」がサンスクリット語で「au」が長母音「o」になったものだとすると、はじまりはやはり「あ」なのだなと思う。日本密教では「阿字」はすべての宇宙である大日如来そのもので、「あ」の響きは大日の波動だと言われる。
井筒俊彦の「意味分節理論と空海――真言密教の言語哲学的可能性を探る」という論文(『意味の深みへ』岩波文庫所収)の中で、『荘子』の「天籟」の比喩がこんなふうに紹介されていた。
「無限にひろがる宇宙空間、虚空、を貫いて、色もなく、音もない風が吹き渡る。天籟。この天の嵐が、しかし、ひとたび地上の深い森に吹きつけると、木々はたちまちざわめき立ち、いたるところに「声」が起こる。」
まだ音にならない風が吹き渡る中を、「阿」からはじまる音で先払いし、存在の通り道をつくっていく。そこから神様や魂は人間の世界に降りて来られるのかもしれない。
わたしが知っているこれまでの8年、3月11日の2時46分は晴れのことが多かった。慰霊祭のおわりには、昇神の儀がある。慰霊碑の後ろの高い銀杏の枝には、まだ葉の気配はない。「おおお~~~」という声が上っていくとき、青い空の中で銀杏はいつも梢をふるわせている。
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林 愛
編集的先達:山田詠美。日本語教師として香港に滞在経験もあるエディストライター。いまは主婦として、1歳の娘を編集工学的に観察することが日課になっている。千離衆、未知奥連所属。
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