52[守]師範代として、師範代登板記『石垣の狭間から』を連載していた大濱朋子。今夏16[離]を終え、あらためて石垣島というトポスが抱える歴史や風土、住まいや生活、祭祀や芸能、日常や社会の出来事を、編集的視点で、“石垣の隙間から”見つめ直す。
石垣島に移り住んで9年。生まれ育った場所とも、青春時代を過ごした場所とも異なるこの島には、「たくさんのわたし」がこぼれ落ちていた――。
石垣島の朝の空気には、人の気配が混じっていない。猫や虫、植物や大気の声が聞こえてくる。ほっと息抜く休日の彼は誰時。平日の勤めのことなど忘れて、世界との関係線を探るこの時間が好きだ。ふと石垣の間に目をやると、レインリリーが仄かに光っていた。白く可憐な蕾から視線を空へ移す…。「ねんのため」と傘を手に、私は散歩へと出かけた。
いつもの散歩コースを歩いていると、数名のランナーとすれ違う。その行先に視線が動く。南の空はぼんやりと朧にひかり、雨が訪れているようだった。東の空は青天を黒雲が侵蝕しようとしている。北の空を見ようとした時、頬に雨粒が当たる。降り出した雨に、私は傘を開く。ランナーは両手を広げた。
いつの間にか傘を弾く音も聞こえなくなり、背にした東の空から太陽の熱を感じる。傘をたたみ空を見上げると、そこには虹がかかっていた。よく見ると二重の虹だった。見ようと思えば、虹は何重にも見えるのかもしれない。
▲東の空の境界
▲『二重レインボー』
▲振り返ると太陽が
虹のたもとへ視線を移すと、雨雲は北の空へ動いていた。台湾付近の熱帯低気圧の影響もあり、不安定な気候は地上に「カタブイ」をもたらす。
カタブイは、片降いと書く。その字の通り、晴れていながら片側で降る雨のことだ。本土でいう「狐の嫁入り」のようなものだが、ちょっと違う。沖縄特有の気象現象で、短時間で局所的に雨が強く降るので、スコールに近い。沖縄本島の大学へ通っていた頃、カタブイの境を目指して仲間とドライブしたことを思い出す。「あっち」でカタブイが起きていると目で分かるほど、雨の柱のような境界を見ることができるので、その狭間に身を置いてみたくなるのだ。気象専門用語で“不安定性降水”と呼ばれるこの現象は、晴れであり、雨である。そして、雨であり、晴れである。
カタブイを目指した私は、本当はどちらなのか、そこに身を置くことでハッキリさせたかったのかもしれない。
しかし、晴れであり雨である現象は、どこから見るか、どこに身を置くかによって、見え方をガラリと変える。【004番:地と図の運動会】では、【地】を動かせば【図】の見え方は一転することを痛感したはずだ。
気象観測を【地】にすれば、カタブイは特異気象という【図】になってあらわれる。
雨が降っているところを【地】にすれば、カタブイは、土砂降り。視界は悪く先が見えない。困難の渦中。
いずれ過ぎゆくことを知っていれば、夜明け前?
晴れているところを【地】にすれば、カタブイはやっぱり晴天で、気分も良い。降っているところを見れば対岸の火事だ。
その動向を察知できれば、せまりくる危機となるのかもしれない。
結局、大学生の私たちは、カタブイの境界を渡るドライブを成功させることができなかった。そこへ行くまでに、現実における諸々の交通事情が壁となり、那覇の街を彷徨う。遠くから見えていたことも、近づくと複雑な事情があり、問題がわからなくなることを知った。
カタブイがくるたびに心が騒ぐ。どこを【地】にするかで立場も見え方も変わると知っているけれど、劇的な変化に気持ちが追いつかないことだってある。実際はそんなに割り切れるものでもない。穏やかでいられない場合も多い。が、きっとそれはそれでいいのだろうと自分に言い聞かせる。揺れる思いと共に曖昧になる【図】を描いていくしかない。
まどろむような朝の散歩を終え家に着くと、出かける前はまだ蕾だったレインリリーが開いていた。花は、わずか数十分のうちに開花のための閾値を超えた。
どこに境界があるか、見た目ではわからない。
(アイキャッチ)レインリリー(玉簾)
雨の後に一気に花をかせることから、その名がついている。和名は玉簾。白く美しい花は「玉」である。葉が集まっている様子は「簾」に例えられる。メタフォリカルなその名が、地の割れ目から雨粒のような珠を天空へ放ち、網目を張り巡らす様を想起させるのは、ヒガンバナ科に属しているからだろうか。ヒガンバナ科タマスダレ属。
にんじんしりしり――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#04
レインリリー ――石垣の隙間から#09
大濱朋子
編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。
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