「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。

イシス編集学校「多読アレゴリア」で私が宗風をつとめる「EDO風狂連」は、時々外に出て遊山をしたり、催し物を仕掛けたりと、普段と違うことをおこないます。それを「遊山表象」と呼んでいます。7月20日、夏の遊山表象「江戸の音」を、ISISフェスタとして本楼でおこないました。
お迎えしたのは邦楽家の西松布咏さん。布咏さんは地唄・西松流家元ですが、6歳から長唄の修行をし、富本、新内、小唄、端唄など、あらゆるジャンルに渡って活躍しておられます。三味線と唄の両方に多くのお弟子さんがおられ、「美沙の会」「粋艶会」を主宰していらっしゃいます。
当日は、三味線がどのように定着したかについて私が話をする以外は、布咏さんによるお話を挟みながら、贅沢にも長唄、地唄、端唄、小唄、新内など八曲も聞かせていただきました。大変興味深いお話ばかりでしたが、その中で「稽古」について書こうと思います。
イシス編集学校では、学ぶことを「稽古する」と言います。学生を学衆と呼び、教師を師範、師範代と呼びます。稽古は日本の芸能と武道の言葉です。これらでは「学習」「教育」という言葉を使いません。近代以降、学校制度が定着する中で教育という言葉が広まったにも関わらず「稽古」とか「道場」という言葉が廃れなかったのです。なぜなら、稽古は教育とは違うからです。
最大の違いは、稽古する者が自分の心身で、師の言葉や振る舞いや音曲を感じ取り、自らの中に音や言葉を入れ、それを自らの心身で表現していくことでしょう。全身で能動的に取り組むのです。言葉を受動的に受け取り記憶していく学び方とは、対照的です。
お弟子さんたちの発表の場では師匠が三味線を弾いて弟子が唄うことが多いそうですが、布咏さんのお稽古場では弟子同士の三味線と唄を組み合わせるそうです。互いを活かすためには互いの音をよく聞き、おもんばかり、自分が一歩引くべきところでは引く。そうすることによって、自分も相手も活きる、と言います。まさに人間的な関わりの体験であり、相互編集の現場です。
お弟子さんも経験を話してくださいました。まず師匠の唄を口伝えに自分が唄う。そこから始まるのですが、稽古に行くたびに師匠の声が次第に小さくなり、やがて師匠は唄わなくなる。最初は手本があっても、徐々に手本がなくなっていくのです。それが繰り返されていくと言います。
そしてもう一つ大事な点は正解も到達点もないことです。稽古は全身でおこないます。個々の心身は異なりますので、師匠と同じにはなれません。自分なりの出来上がり具合を確かめながら、深め高めていく訳ですが、どこが到達点なのか誰も知りません。生涯、深め高め続けていく。それが稽古なのです。
イシス編集学校
学長 田中優子
田中優子の学長通信
No.08 稽古とは(2025/08/01)
No.07 問→感→応→答→返・その2(2025/07/01)
No.06 問→感→応→答→返・その1(2025/06/01)
No.05 「編集」をもっと外へ(2025/05/01)
No.04 相互編集の必要性(2025/04/01)
No.03 イシス編集学校の活気(2025/03/01)
No.02 花伝敢談儀と新たな出発(2025/02/01)
No.01 新年のご挨拶(2025/01/01)
アイキャッチデザイン:穂積晴明
写真:後藤由加里
田中優子
イシス編集学校学長
法政大学社会学部教授、学部長、法政大学総長を歴任。『江戸の想像力』(ちくま文庫)、『江戸百夢』(朝日新聞社、ちくま文庫)、松岡正剛との共著『日本問答』『江戸問答』など著書多数。2024年秋『昭和問答』が刊行予定。松岡正剛と35年来の交流があり、自らイシス編集学校の[守][破][離][ISIS花伝所]を修了。 [AIDA]ボードメンバー。2024年からISIS co-missionに就任。
[守][破][離][花伝所]を終え、その間に[風韻講座]や[多読ジム]や[物語講座]を経験しながら、この春夏はついに、師範代になりました。 指南とは何か、指導や教育や添削とどこが違うかは、[花伝所]で身 […]
【田中優子の学長通信】No.09 松岡正剛校長の一周忌に寄せて
8月12日の一周忌が、もうやってきました。 ついこの間まで、ブビンガ製長机の一番奥に座っていらした。その定位置に、まだまなざしが動いてしまいます。書斎にも、空気が濃厚に残っています。本楼の入り口にしつらえられた壇でお […]
【田中優子の学長通信】No.07 問→感→応→答→返・その2
前回は、「問→感→応→答→返」について私が実際に学衆に伝えたことを、書きました。しかしそれだけでは、このことを伝えきれていません。松岡正剛校長は、さらに大事なことを言ったからです。それは次のことです。 イシス編集 […]
【田中優子の学長通信】No.06 問→感→応→答→返・その1
イシス編集学校では、「お題」と「回答」つまり「問」と「答」のあいだに、極めて重要なプロセスがあります。それが「問」→「感」→「応」→「答」→「返」というプロセス・メソッドです。 指南中の学衆からある問い […]
今年2025年3月30日(日)、私は日本女子大で「平和有志の会」主催の講演をおこないました。法政大学総長時代に面識のあった篠原聡子学長からのお声がけでした。ついでに言えば、篠原学長は建築家で、松岡校長と深い縁のあった隈 […]
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2025-09-16
「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。
2025-09-09
空中戦で捉えた獲物(下)をメス(中)にプレゼントし、前脚二本だけで三匹分の重量を支えながら契りを交わすオドリバエのオス(上)。
豊かさをもたらす贈りものの母型は、私欲を満たすための釣り餌に少し似ている。
2025-09-04
「どろろ」や「リボンの騎士」など、ジェンダーを越境するテーマを好んで描いてきた手塚治虫が、ド直球で挑んだのが「MW(ムウ)」という作品。妖艶な美青年が悪逆の限りを尽くすピカレスクロマン。このときの手塚先生は完全にどうかしていて、リミッターの外れたどす黒い展開に、こちらの頭もクラクラしてきます。