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【田中優子の学長通信】No.09 松岡正剛校長の一周忌に寄せて
- 2025/08/12(火)08:00
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8月12日の一周忌が、もうやってきました。
ついこの間まで、ブビンガ製長机の一番奥に座っていらした。その定位置に、まだまなざしが動いてしまいます。書斎にも、空気が濃厚に残っています。本楼の入り口にしつらえられた壇でお線香に火をつけることでようやく再会できるのが、とても不思議です。でも、そこに行けばいつもこちらを向いていてくれることに、ほっとします。
この一年はとても慌ただしい日々で、あっという間に過ぎてしまいました。『昭和問答』の自筆のあとがきは、ひとめ見たきりそれ以上見ることに耐えられず、引き出しの奥にしまいこみました。当初は、前に進もうと思っても、黒々とした重いものに後ろから引っ張られ、あるいは地の底に引き込まれるようでした。何か大事なもの、重大なものを後ろに置いて来てしまった。そういう思いでした。
その中で海外の学会出張、イシスの学長就任、新聞や雑誌の追悼文執筆やインタビューへの対応、関口宏さんとの歴史番組の実施などを、とにかく一歩一歩進めていったのです。やがて[ISIS花伝所]が始まり、師範代にもなり、学長としての仕事をこなすなかでイシス編集学校についての本を執筆し続け、つい最近、その執筆を終えました。自分自身の講演を、編集学校の方法と松岡校長の言葉を組み入れて相互編集し、多くの方に伝える方法も編み出しました。
その全てについて、イシス編集学校と編工研のスタッフや師範、師範代、その他の関係者の方々のお力を借りながらでしたので、私はいつの間にか皆さんと「ともに」松岡正剛校長の方法を受け継ぎ、次の代に受け渡し、外の方に知らせるという、その軌道に乗ることができました。皆さんに感謝しています。
私自身が、いつまで動くことができるかわかりません。今はただ次の世代の人々に渡すこと、今まで編工研もイシス編集学校も知らなかった世間の人々に、この価値を知らせることに、力を尽くすだけです。
イシス編集学校は「方法」の学校です。何かや誰かを信じたり依存したり「推し」で済ませたりする場所ではありません。一人一人が多くの本に向き合い、編集能力を解き放ち、問いを持ち続け、世界や自然と相互編集を交わしながら、言葉を編み出す場所です。うかうかしてはいられません。
毎年の命日はきっと、イシス編集学校が皆さんにそういう場を提供できているか、振り返る日になるでしょう。松岡正剛校長は、人も国も組織も世界も、互いに編集方法を磨きつづけることを望んだのです。世界との編集を「人生できて」いるだろうか? 生きている限り、問い続けたいです。
イシス編集学校
学長 田中優子
田中優子の学長通信
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アイキャッチデザイン:穂積晴明
写真:後藤由加里