木こりが手にした「5つのカメラ」――木田俊樹のISIS wave #06

2023/05/21(日)09:00
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

木田俊樹さんは、木こりである。まるで 1 本の良木を見分けるように、「ここには何かあると思った」と、イシス編集学校という「編集の森」に分け入った。イシスにはいったい、「何」があったのか。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ。第6回は、「木田俊樹さんが見えるようになったもの」をお届けします。

 

■■いつも目の前の世界に驚いていたい

 

山に入ると、そこをひととおり眺めまわす。するとそこで必ず言葉にできるなにかを見つける。それで、目に見えるものを言葉にしてみる。木、土、谷、尾根、獣道、風、匂い、日当たり、陰。言葉にしていくと、同じ場所に立っているのに、ぼんやり見えていた景色が明らかになっていく。それで、もう一度ひととおり眺めまわす。細部にわたってくまなく何があるのか探して言葉にしてみる。太陽に向かって伸びる枝、切り株の年輪の偏り、木々の間から射す朝陽、鹿の鳴き声、咲き残っている椿、雨上がりの大地のむせかえる匂い。それでもう一度、その景色を眺めまわす。すると、ついさっき見たものとは別の光景が広がっている。

 

稽古以前に見ていたのは、飛行機の窓から見下ろしたような緑で三角の山っぽい山だった。稽古をすればするほどに、山のなかに入り込んでは足元をじっくり見回したり、そこに住む鹿の目となって走り回るように山を眺められるようになる。すると、三角の山だとおもっていた場所は、多様で多重で独特の世界であった。

 

見ているものを言葉にしながら世界を発見していく。そのとき、編集の型を使う。「注意のカーソル」に「5 つのカメラ」を備え付ける。目線を、鳶から、木こり、鹿、蛙へところころ変えながら、周囲を眺めまわし、言葉によって分けて、情報を集めていくと、これまで見えてなかったものが見えてくるようになる。いままで当たり前のように見ていたものの中に、これまで見つけられなかったものを発見したときの驚きほど楽しいことはない。そのたび、私は生まれなおしている。

 
▲木田さんの職場(滋賀)から見える、鈴鹿山脈に連なる布引山地。イシスの稽古のあと、風景の「見え方」が一変した。

 

没後発表された『私は生まれなおしている』で、若きスーザン・ソンタグが日記に書き残していたのはこんな言葉でした。“知識の集積は、基本的な感受性の反映としてなされるべきだ”と。そしてソンタグの言う基本的な感受性を、「5つのカメラ文体術」で身体知へと高めたのが木田さんです。足のカメラ、目のカメラ、心のカメラなど5つの視点で対象に向かうことで、のっぺりと感じられていた風景に多構造を見出しました。感受性のアップデートまで可能にする編集稽古は、何度でも自らを“生まれなおす”のです。


文・写真提供/木田俊樹(42[守]発酵エピクロス教室、43[破]比叡おろし教室)
編集/角山祥道、羽根田月香

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。