近藤ようこ 中世説話ものから現代ものまで【マンガのスコア LEGEND04】

2020/05/18(月)10:42
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 近畿大学にあるアカデミックシアターDONDENは、マンガをコアにして新書・文庫を配した世にも奇妙な図書館です。

 2018年3月25日、そのDONDENオープン一周年記念としてDONDEN祭vol.1「うしろの正面だあれ」が行なわれました。そのときゲストに来ていただいたのが、レジェンドのおひとりである近藤ようこ先生です。DONDEN祭では安藤礼二先生、松岡正剛校長を交えた活発なトークが交わされたのですが、司会の吉村林頭の「ご自身の作品の中でオススメを選ぶとすると何になりますか」というムチャブリに対して、特にはぐらかしたりすることもなく『見晴らしガ丘にて』(青林工藝舎)、『水鏡綺譚』(筑摩書房)の二タイトルを挙げておられたのが印象に残っています。この二作、現代物と中世説話物という、近藤先生の二大柱を代表する傑作なのですが、今回はそのうちの『水鏡綺譚』から模写してみたいと思います。

 

近藤ようこ「水鏡綺譚」模写

(出典:近藤ようこ『水鏡綺譚』筑摩書房)

 

 毎度思うことですが、見ると描くとでは大違いでした。

 シンプルな線なのでラクかと思いましたが、実際描いてみると、着物のラインとか難しいですね。やっぱり描き慣れていらっしゃる方の、ざっくりした線なのだということがわかりました。

 高校の同級生で同じ漫研部員だったという高橋留美子とは対照的に、入り抜きのない均質な線で、淡白な印象を覚えます。しかし輪郭の取り方など、案外似たところもあるような気もします。

 近藤先生と高橋先生のお二人、あまりにも異質なタイプの同級生なので面白いなと思っていたのですが、最近になって案外そうでもないような気がしてきました。題材の取り方や物語の運び方などにも共通性が見出せるような気もします。

 リーダビリティの高さも共通していますね。近藤先生の作品は、さらっと読めてしまうのに、読んだ後は、ずっしりと重たいものが残ります。うっかりソバでも食べるようにツルツル読んでたら、腹にこたえて消化するのに時間がかかりそうです。特に初期作品などは、けっこう重たいテーマのものが多く「まんが界の中島みゆきか山崎ハコかと言われた昔」もあったそうです(『夕顔』あとがきマンガより)。

 

 また、近藤ようこといえば、中世説話物も忘れてはなりません。

 上記の『水鏡綺譚』の他にも『月影の御母』(KADOKAWA)、『逢魔が橋』(青林工藝舎)など、傑作が目白押しです。

 中世室町時代は、松岡校長もとりわけ注視する、日本的方法のアーキタイプがいっせいに立ち上がった重要な時期にあたります。現在、バジラ高橋先生が、輪読座で取り組んでいる世阿弥の時代ですね。しかし歴史マンガは、あまたあれど、この時代を上手く作品として昇華できる人は意外に少ないように思います。近藤ようこは、花輪和一などと並んで、中世説話物のエッセンスを肌身感覚で再現できる貴重な才能の一人でしょう。

 その一方で、忘れてならないのが、『見晴らしガ丘にて』などに代表される現代ものの系譜ですね。

 80年代の早い時期に、これほどオトナなドラマを無理なく描ける作家は稀有だったのではないでしょうか。のちの齋藤なずななどに連なる系譜ですが、当時としては傑出していたと思います。

 

 近藤ようこは「ガロ」デビュー組の一人なのですが、この頃(80年代)の「ガロ」は、以前取り上げたつげ義春の頃とは、またカラーが違っていて、南伸坊や渡辺和博といった編集長のもと「ヘタウマ」「面白主義」路線を打ち出していました。みうらじゅんや蛭子能収などが活躍し、やまだ紫、杉浦日向子、内田春菊などの女流作家が台頭していたのもこの時期です。

 近藤ようこは、やまだ、杉浦などといっしょに「ガロ三人娘」などと呼ばれたりしていました。そしてこの時期の新人作家としては珍しくないのですが、いわゆる自販機本と言われるエロ劇画誌に、多くの作品を発表しています。

 自販機本というのは、マンガ史的にも、なかなか面白い役割を果たしていて、ここから多くの才能が巣立っています。ちょうど浅草ロックのストリップショーの合間に紙切り芸とか漫才とかをやっていたように、自販機本はエロ劇画の間に、個性的なコラムや、純文学的なマンガが載ったりしていたのです。

 近藤先生は純文学マンガ担当として、好きなように描かせてもらっていたようですね。現代ものから中世ものまで、もの凄いペースて縦横無尽に描いていらっしゃいます。

 やがて、それらの作品は、具眼の士たちの目にとまるところとなり、大手のマンガ誌にも執筆するようになっていきました。

 

 私が、個人的に思い入れが深いのは『遠くにありて』(小学館)という作品ですね。たしか就職直後の頃に読んだのですが、それまでの呑気な大学生活から、一転して社会人の厳しい生活環境に放り込まれて途方に暮れていたときに、このマンガの内容がとても身に沁みたことを思い出します。

 「ビッグコミック」連載の『ルームメイツ』(小学館)も毎号楽しみに読んでいました。一話一話が、向田邦子を思わせるような、しみじみとした人間ドラマで、今日び、あまり見かけなくなったテイストだなあと思いながら愛読していましたね。

 

 そんな近藤ようこ先生は近年、また新たな境地に突入しつつあるようです。

 最近は翻案ものにも意欲的に挑戦するようになりました。『夜長姫と耳男』(小学館)『桜の森の満開の下』(小学館)『戦争と一人の女』(青林工藝舎)など、坂口安吾の作品を、たてつづけに作品化して話題を呼び、さらに津原泰水の傑作短編『五色の舟』(KADOKAWA)をさらりとマンガ化して、またもやファンたちを、あっと驚かせます。

 そしてついには、あの折口信夫『死者の書』(KADOKAWA)までが近藤マンガになってしまったではありませんか。

 あの一大奇書を真正面から取り上げて、みごとにまとめ上げられる人なんて他にいるでしょうか。

 その後も夏目漱石『夢十夜』(岩波書店)、澁澤龍彦『高丘親王航海記』など、一筋縄ではいかない作品に次々挑戦していっています。

 長いキャリアの中で着実に前進していく様は、まさに世阿弥の精神をそのまま体現しているかのようです。

 これからも近藤ようこには目が離せません。

 

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アイキャッチ画像:近藤ようこ『鬼にもらった女』青林工藝舎


  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。