私自身は昔も今も、同時代の熱心なマンガ読みではなかったので『極めてかもしだ』(小学館)も『あさってDance』(小学館)も実は読んでいませんでした。ちゃんと読んだ最初の作品は『ありがとう』(小学館)と『ビリーバーズ』(小学館)だったと思いますが、どちらも強烈な印象が残っています。特に『ビリーバーズ』は、当時話題になっていたオウム真理教事件からインスパイアされた作品で、新興宗教の胡散臭さと、かつての連合赤軍事件のアヤシサをみごとに融合させた作品でした。
これはある意味で『レッド』(講談社)に直接連なる作品と言えるでしょう。山本直樹を、どれか一つ読むとしたら『レッド』をオススメしたいところですが、さすがにアレは大変そうだという人には『ビリーバーズ』をオススメしたいと思います。全2巻と、分量的にもお手頃です。
さらに山本直樹のエッセンスを知りたい人には『明日また電話するよ』『夕方のおともだち』『世界最後の日々』(いずれもイースト・プレス)などの自選短編集もいいですね。
東京都条例の有害コミックに指定された『Blue』(光文社他)、『堀田』(太田出版)、『分校の人たち』(太田出版)の三作も、いずれ劣らぬ傑作で、東京都もなかなかいい仕事をしてくれているなあ、と感心するセレクションです(笑)。特に『堀田』は、なかなかの怪作で、アラン・レネやブニュエルを思わせる夢想と奇想の錯綜したシュールな世界観が秀逸でした。
しかし、なんと言ってもやっぱり『レッド』ですよ。
彼の作品歴からすると、これを代表作として推すのは、なんかヘンな感じがしますが、やっぱり代表作と言うしかありません。
この作品は、連合赤軍事件を忠実に再現した長篇ドラマです。
1972年、あさま山荘で終結を迎えた連合赤軍事件は、当時の知識人たちに深甚なショックを与えたという意味では、戦後史上、最大の事件の一つと言っていいでしょう。この事件によって、ほんの数年前まで激しく盛り上がっていた政治と叛乱の季節は、決定的なとどめを刺されてしまいました。12人もの凄惨なリンチ殺人があかるみになったことで、それまで心情的に共感を寄せていた一部の人たちも、ここで完全に離れてしまうことになります。その後は内ゲバや爆弾テロなどの報道が続く中、左翼活動家は、単なる危険分子と見なされ、市民社会から完全に切り離されていくことになるのです。
『レッド』は、この連合赤軍事件に至るまでの経緯を忠実に描いているのですが、次々と畳み掛けられていく緻密なディテールの数々が生み出す圧倒的な迫力は、あの若松孝二の傑作「実録・連合赤軍」すら、かすんで見えるほどです。
『レッド』の準主役・岩木。いかにも山本キャラっぽい絶妙な雰囲気が、
この殺伐とした物語の、よい水先案内人となっている。
モデルは現在、静岡でスナック「バロン」を営む某氏。
連赤マニア業界では有名な方です。
(出典:山本直樹『レッド最後の60日そしてあさま山荘へ4』小学館)
『レッド』の連載は延々10年以上も続いて、「いつになったら総括、始まんだよ~」などと物騒な欲求不満を呼び起こすなか、ついに山岳アジトで…というところでいったん終わります。そして装いも新たに『レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ』となってから、とうとうあの身の毛もよだつ怒涛の展開となっていくわけです。
しかし、いくらてっとり早いからと言って、いきなり『最後の60日』から読むのは絶対にお勧めしません。『レッド』は前段の運動の盛り上がり、各キャラたちの全人生を賭けた高揚感があるからこそ、山岳アジト以降の悲惨さが極まるのです。後の時代の我々の目から見ると、何であんなアホなことをやっていたのか、本当の敵は外にいるのに、内輪で勝手に殺しあって自滅していく意味がさっぱりわかりませんが、そうなっていく必然性のようなものが見えてきます。
死んでいく者たちの頭に初めから番号がついている仕掛けが思わぬ効果を与えています。山岳アジトに移ってから、いよいよこの番号通りに人が死んで行くわけですが、これが全く訳がわからないのですね。総括要求を受けてボロボロになっている人よりも先に死ぬことになっている人がいるのですが、これがもうすぐ死ぬような気配がまるでないのが恐ろしい。さっきまで攻撃する側に立っていた人が、ほんのちょっとした空気の読み違えで、たちまち攻撃される側に回るという不条理極まりないマウンティングゲームの応酬は、まさに現代のイジメやパワハラと同じ構造に見え、他人事とは思えない恐怖を感じます。
連載中は、刊行ペースが遅すぎて、話の流れも各キャラの区別も把握するのが困難だった『レッド』も2018年には、ついに完結を迎えました。未読の皆さんは、いまこそイッキ読みできるチャンスです!
アイキャッチ画像:山本直樹『レッド1』講談社
堀江純一
編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。
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