◆蒜の歌に怯む
醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて 鯛願ふわれにな見えそ 水葱(なぎ)の羮(あつもの)
先日、ひょんなことから、この蒜の歌に出会った。万葉集に納められている和歌のひとつで、現代の言葉で訳すと、「醤と酢に蒜をまぜ合わせて鯛を食べたいと思っているところに、見せてくれるな、水葱の羮なんか」といった意味になるそうだ。
この歌に出会った当時の人々は、この「間の悪さ」にくすっと笑ったのだろうか。あるいは、鯛がない暮らしに嘆いたり、侘しい気持ちになったりしたのだろうか。
歌が詠まれた背景や文脈をあれこれ想像し、笑ってよいのかすら迷ってしまう。その時代の生活や文化に通じていれば、芸や書物の「見方」「読み方」に迷いがなくなるのだろうか。
往々にして頓珍漢な読みをしているのかもしれない私は、きっと輪読座にとっては異分子に違いない。そんな怯む気持ちを抱えながら、私はバジラ高橋輪読師による「富士谷御杖の言霊を読む」シリーズの第二輪に向かった。初の輪読座、初の生バジラ体験である。
【輪読座】日本の古典を、輪読師である高橋のナビゲーションのもと、読み進めるオンライン型の講座。https://es.isis.ne.jp/course/rindokuza
◆新しい見方こそを歓迎する
輪読座の冒頭、輪読師であるバジラ高橋の言葉に、異分子の私は赦されたような気持になった。
いままでにない「見方」「読み方」を見つけてほしい。いまだ「ない」ものを語ること。過去ばかり教える教育は変えていかなければならない。(過去記事 梅園流!学びをほぐす方法)
「俺が知らないようなことをやってみせて欲しい」と、輪読衆に訴えたところで、バジラは大きく咳きこんだ。
咳。積。堰。
喉は表現の通り道である。私には、その咳が、怒りを伴った強いメッセージを押し出したからこその咳き込みに見えた。
このような場面では相手の体調をおもんばかるのが普通かもしれないが、初めてバジラに遭遇した私は、「咳」をひとつのモノサシにしてこの講座を聴いてみようと考えた。「咳」は言葉を堰き止める。ここからは、バジラの語りを「堰き止め度」で分類してお届けする。「咳」を評価する意図はないが、通知表や業績評価でよく見る5段階評価にしてみた。
なお、ここで紹介するのは講座の内容そのものではなく、バジラが提供してくれた派生情報である。「堰き止め度」のスコアと併せて、派生情報の豊潤さを感じてほしい。
<堰き止め度:2>
まずは、思わず笑ってしまったことによって咳き込んだ場面。ここでの堰き止め度は低く見積もってみた。
誰かに感想を伝えるまでが読書。読んだだけでは忘れる。読んだだけで全部覚えてるやつは見たことがない。はは。
珊瑚が死滅するはずがない。暑すぎて移動してるんだ。珊瑚が嫌がってるんだよ。あっはっは。
<堰き止め度:3>
ここでは、比較的軽度の堰(咳)がみられた場面をお届けする。
検索は知っていることしか探せない。知らないことの発見を喜ぶこと。コピーを拒否しなさい。コピーは情報として認めません。
速報記事でも紹介された、バジラ節が炸裂し始めた場面だった。
<堰き止め度:4>
講座の後半戦だったということもあるが、バジラの堰(咳)は厚みを増した。言葉が放たれることに抵抗を感じているのは、バジラの身体なのか、バジラのなかにある情報そのものなのか。
投石器を持つダビデ象はガザを向いている。ヨーローッパは変わってない。
玄奘三蔵はたくさんの経典を集めた。色即是空。空即是色。これはヨーロッパにはないものだ。
(我々は)玄奘三蔵の弟子なのに、投石器の(ダビデ像の)教えに従ってどうする。
ダビデ像の格好をしてみせるバジラ。
最近の「刺さる」は軽いんだよ。刺さるとは貫通すること。その向こうに言霊がある。
バジラは言う。誰も目を向けなかった小さな未知なるものが、これから本流になっていく。それを信じていいのだと。(過去記事 問題の立て方こそが問題である)
<堰き止め度:5>
では、バジラが最も咳きこんだシーンを紹介しよう。私の手元のメモには、咳の記録が太字下線つきでえほっえほっと残っている。
「レイバー」を訳すと「労働」。日本には本来、「レイバー」にあたる言葉はなかった。「労働」という言葉はできれば使いたくない。
日本にはカセギとツトメがあった。カセギは日々の生活のために必要な糧を得ること。ツトメは生涯にわたって自分が達成しなければいけないこと。
私たちは、「カセギ」と「ツトメ」を忘れ、取り換えのきく「労働力」になってしまっている、のかもしれない。
バジラは苦しそうな声で、「生涯かけて道を残すこと。矛盾に晒されているものを、そのままに感じられる状態をつくりなさい」と述べた。バジラの身体のなかに沈んでいた言葉が放たれ、煙草の煙とともに消えていった。
<堰き止め度:0>
この日、むせることなく流れるように語られたのは、バジラが少年期に見た不思議な光景についてだった。
みんなマムシが飛んでくるところなんて見たことがないだろう。子供の頃、田んぼを見ていると、(手のひらを自分の方に向けて動かしながら)こう、こちらに向かって飛んでくる。その姿が実に美しい。わたしは敬意をもってマムシを見つめていた。
バジラはこのあと、蛇という存在は何なのか語ってくれた。「白蛇」や「水神」といった話ではない。マムシが飛んでくるなんて、いったいどういうことだと、読者は気になるだろう。だがここで明かすのはやめておく。この日の講義を受けた輪読衆が、次回どんな読みを持ち寄ってくれるのか、それを待ちたい。
輪読座はアーカイブで第一輪からの視聴が可能だ。次回、第三輪はクリスマスイブの12月24日(日)13時開催。バジラが読み解く日本を、世界を、輪読しにきてほしい。
講義資料でもあるバジラ作成の図象。今回のテーマ「日本の神と神道」に関する歴史を一枚にまとめた。「”神”がいきなり出てくるわけがない。最初に”神”と言ったやつがいる」「日本は世界で最も古い神様をもった」「これを日本言語の発生と僕は呼びたい」など、松岡正剛に「学者10人力」といわしめるバジラ高橋の語りは広く速く深い。この図象での講義のあと、輪読衆による輪読が行われ、バジラの解説が重ねられていく。
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阿部幸織
編集的先達:細馬宏通。会社ではちゃんとしすぎと評される労働組合のリーダー。ネットワークを活かし組織のためのエディットツアー も師範として初開催。一方、小学校のころから漫画執筆に没頭し、今でもコマのカケアミを眺めたり、感門のメッセージでは鈴を鳴らしてみたり、不思議な一面もある。
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