巣の入口に集結して、何やら相談中のニホンミツバチたち。言葉はなくても、ダンスや触れ合いやそれに基づく現場探索の積み重ねによって、短時間で最良の意思決定に辿り着く。人間はどこで間違ってしまったのだろう。
10月からの輪読座では山片蟠桃著『夢の代』を読んでいる。2025年12月21日(日)開催の第3輪で折り返しとなったが、山片蟠桃の致知格物っぷり、編集学校に関わる多くの人に知ってほしくなったので、少しだけお伝えしたい。
◆山片蟠桃 その経歴
山片蟠桃は江戸後期を生きた商人であり学者であり思想家である。1748年生まれだ。2025年NHKの大河ドラマ「べらぼう」で描かれた蔦谷重三郎は1750年生まれなので同時期である、といえば、「べらぼう」を見ていた人は時代性をイメージしやすいかもしれない。
この時期ってのは、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』で明けて、式亭三馬の『浮世風呂』と『浮世床』、杉田玄白の『蘭学事始』、それから一茶の『おらが春』というふうに続くんですね。みんな、床屋とか洋学とか、外に向いてますね。ところが、このあと、山片蟠桃が『夢の代』を書き、平田篤胤が宣長の国学を受け、佐藤信淵が『混同秘策』や『天柱記』なんかを書いて、日本の本質を天にまつわらせていくんです。
とはいえ、生まれも育ちも江戸っ子の蔦重に対して、山片蟠桃は上方の人間。生まれは播磨(今の高砂市)、幼いころに大坂の両替商に仕え、のちに仙台藩の財政を立て直すほどのやり手である。大坂では懐徳堂で中井竹山・履軒兄弟や麻田剛立に学ぶ学問好きでもあったが、本業は大阪の両替商升屋の大番頭なのである。
◆晩年に執筆した『夢の代』
蟠桃は升屋の番頭として成功し安定していた享和2年(1805)、50代半ばで『夢の代』を書き始め、中断や失明を乗り越えて死の半年前の文政3年(1820)8月に完成させている。『夢の代』は「天文」「地理」「神代」「歴代」「制度」「経済」「経論」「雑書」「異端」「無鬼(上・下)」「雑論」の12巻にわたる知の体系であり、百科全書的大著だ。
序文に、「食べて寝るだけの人生は人として口惜しいので、眠くなったら昼寝するかわりに机に向かい、(懐徳堂の)」中井竹山・履軒先生に聞いたことを書くことにした」と、その執筆の動機が記されている。
12巻の『夢の代』には、何が書いてあるのか?
第2輪で読んだ「地理」の章にある「地球凸凹柚のごとき図」を紹介したい。
”高いところは山で、中ぐらいは里、低いところは海”という補足書きが見てとれる。21世紀の今からすればあまりに当たり前のことであるが、それまでは天を丸く地を四角とする「天円地方説」や、須弥山を中心とする仏教的宇宙観が一般的だったという。「地球は球体である」という知識は、蘭学者など一部の知識人の間で広まり始めた段階に過ぎなかった中、この「地球凸凹図」は突出していたのである。
「柚のごとき」という見立てがなんともキュートだ。
第3輪の「神代」での図象解説によると、蟠桃は“神代のことは作り事であり、歴史ではない”ことを断言した。神話と歴史を明確に峻別し、第1代神武天皇以後でも文字が伝来したという第15代応神天皇の時代から信用性が生じてくるとして、近代史学の先駆をなす合理的史観を明示している。
『夢の代』を読むと江戸後期の一人の商人が、日本や世界や宇宙の理をどう探求したのかを知ることができる。それは既知の情報を自分のフィルターで再構成すること、未知のものを自分の言葉で語ること、常識にとらわれず、新たなものを受け入れることでもあるように感じるのだ。情報があふれる今だからこそ、そんな姿勢に学びたい。
江戸後期の町人学者、山片蟠桃をもう少し知ってみたくなったら輪読座へどうぞ。残り回数は3回ですが、前半3回分はアーカイブ映像で視聴可能です。いつでもお待ちしています。
●日時 全日程 13:00~18:00
2025年10月26日(日)
2025年11月30日(日)
2025年12月21日(日)
2026年1月25日(日)
2026年2月22日(日)
2026年3月29日(日)
●受講資格
どなたでも、お申し込みいただけます。
イシス編集学校の講座を未受講の方でも歓迎です。
●受講料
◎本楼リアル参加◎ 6回分 55,000円(税込)
◎オンライン参加◎ 6回分 33,000円(税込)
*リアル/リモートともに全6回の記録映像が共有されますので
急な欠席でもキャッチアップいただけます
●詳細・お申込はこちら
https://es.isis.ne.jp/course/rindokuza
★講座スタート後でもお申込みOK!見逃した回は記録映像でお愉しみください。
宮原由紀
編集的先達:持統天皇。クールなビジネスウーマン&ボーイッシュなシンデレラレディ&クールな熱情を秘める戦略デザイナー。13離で典離のあと、イベント裏方&輪読娘へと目まぐるしく転身。研ぎ澄まされた五感を武器に軽やかにコーチング道に邁進中。
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