安藤昭子コラム「連編記」 vol.10「型」:なぜ日本は「型の文化」なのか?(後篇) 

2025/01/09(木)17:01 img
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編集工学研究所 Newsletter」でお届けしている、代表・安藤昭子のコラム「連編記」をご紹介します。一文字の漢字から連想される風景を、編集工学研究所と時々刻々の話題を重ねて編んでいくコラムです。

 

INDEX

「連編記」 vol.10「型」:なぜ日本は「型の文化」なのか?
 ▼前篇
 └ 年のはじめのためしとて
 └ 「中はからっぽの日本」と「型の文化」
 ▼後篇
 └ ダイナミック・プロセスとしての「型」
 └ 「稽古」と「守破離」
 └ 「型の経営」を稽える

 

編集工学研究所からのお知らせ
 └ 2025年4月 開講:イシス編集学校「守」コース
 └ 『情報の歴史21 増補版』発刊
 └ 1/19 開催:イシス編集学校特別講義「宇川直宏の編集宣言」
 └ 1/22 開催:第一回「ほんのれんオンライン旬会」
 └ 1/27~3/23 開催:ジュンク堂書店池袋本店「ほんのれんフェア」

 

 

「連編記」 vol.10

「型」

なぜ日本は「型の文化」なのか?(後篇)

2024/1/8

 

前回お届けした前篇では、「ウツ」なるものから生じるエネルギーと「型」の関係を見てきました。ではその「型」とはなにか。後篇では、日本文化の背骨にあたる「型の本来」を考えてみたいと思います。

ダイナミック・プロセスとしての「型」

日本における「型」とは、身体や行為の中にあってはじめて機能するものであって、つねにゆらぎ動いているもののようです。「形」が視覚的な形態や固定的な形式・様式だとすれば、「型」は事実であるより「かくあるべし」という規範となるものであります。意味や機能を担う運動のパターンであり、ダイナミックなプロセスです。

 

自分の心による納得を通じて初めて、「型」は学ばれ自分のものとなってゆく。つまり「型」をつくった人の心の中にはいりこみ、それを了解し納得してはじめてその「型」を身につけることができる。(中略)「型」を学ぶ時、われわれはともすれば「形」を模倣するところにとどまってしまう。しかし「心」の問題をぬきにして「型」は真の意味では学ばれない。「心」と「形」との間の相互のはたらきの循環を通じて「型」の体得は深まってゆくと思われる。

『型』源了圓

 

日本の心情の構造に切り込んだ歴史家・源了圓によれば、「型」はどの文化文明にもあれど、技を追究する身体の運動を核としながら「心技体」をあわせた精神的要素を含んでいるという点で、日本文化における「型」はやはり世界からみても珍しいといいます。

 

Hyper-Editing Platform[AIDA]Season5「型と間のAIDA」、舞踊家の花柳徳一裕さんAIDAの言葉(編集工学研究所のXで配信中)|写真:川本聖哉

 

なぜ、そうなのか。ひとつは、日本人の身体観です。日本人にとっての「身」は体に「たま(魂)」が入った状態であり、心身二元論的な感覚が古来ありませんでした。「から(殻)」である「からだ(体)」に「こころ」があってはじめて「生命ある身体」となる。身と心は不分離なものです。もうひとつには、万葉集をはじめとする言葉の文化が発達し、歌を学ぶ修練や「本歌取り」のような文化資本の共有方法が編み出されたことも深く関係するようです。

 

「本歌取り」とは、人々によく知られている古歌(本歌)の言葉や趣向をかりて新しい歌をつくる技法のことです。藤原定家はこの「本歌取り」について、「ふるきことば(本歌)」という素材は、「新しきこころ」によって再加工されなければならないといいました。新しい「言葉の型」の指定する新しい「価値体験の型」を担うところに、本歌取りの本意があったということでしょう。「歌の道」を継ぐとは、そうした歌の世界の不断の生成に参与することであると説きました。

 

歌はやがて茶の湯や芸能になっていき、「家」や「派」や「様」や「流」といった様式が生まれ、その継承が「道」として保持されていきました。近代の個性重視の「芸術」ではなく、「型」を尊重する精神的風土が「芸能」を発展させ、「型」の思想が確立されていきます。とは言え、「型」は必ずしも伝統の中だけにあるものではありません。「伝統」になるかどうかわからないうちに次々と生まれる、ものごとの生成の過程で発生し続ける類のものであります。特に江戸時代の「型」の発生スピードたるや、たいへんなエネルギーをともなって文化の創造を後押ししました。

 

「稽古」と「守破離」

「型」は「稽古」によって習得されますが、この「古を稽える」ということは、なぜそのようになってきたのかを体で考えることであります。「稽古」という言葉は、「稽古照今」として古くは『古事記』の序文に登場します。「古(いにしえ)を稽(かむがへ)る」ことと、「照今(今に照らす)」がセットです。古に範をとり古に照らして現在を顧みる。単に過去を顧みることではなく、「今に照らす」をもってはじめて「古を稽える」ことになる。

 

川上不白は、その修練の過程を「守破離」としました。

 

「型を守って型に着き、型を破って型へ出て、型を離れて型を生む」というものだ。この「守って型に着く・破って型へ出る・離れて型を生む」の「に・へ・を」の助詞の変化に、守破離の動向が如実する。松岡正剛の千夜千冊1252夜「守破離の思想」藤原稜三

 

「守」において「型」を極めていくと臨界値に行き当たります。そのキワまで行き着くと相転移をおこして新しい「型」が出る。これが型破り・破格であり、「破」となります。「破」の先に生じる「離」は、「型」を自由に使いこなしている状態であり、「型」を使わないこともできるが、使うこともできる。あるいは、あらためて師匠の「型」に立ち返り、「型」を新鮮な心持ちで味わい直す。そうして離れてみてはじめて、師匠から学び取った「型」とのつながりを深く体験し直すということもあるでしょう。

 

世阿弥は、こうした「守破離」の過程で起こる認知の変容を、「似する・似せぬ・似得る」という言葉で表し、「似得る」という境地にことさら注目し「有主風(うしゅふう)」と名付けました。

 

「似得る」は役柄の一体化を意味しない。似得る名人はひとりひとり違う。個性が際立つ。ということは「似得る」は演者の消滅を意味するどころか、逆に、演者が「芸の主」になっている。これを世阿弥は「有主風(うしゅふう)」と呼ぶ。「無主風(むしゅふう)」が芸に巻き込まれ飲まれているのに対して、芸の主である状態。有主風に至ると、もはや似せようとする心が生じない。

『稽古の思想』西平直

 

似せようとするまでもなく、芸をわがものとして自然に「似得る」。「似する」から「似得る」が直接生じることはなく、必ず「似せぬ」を経由する。「似得る」は意図的に計画することができず、そのために「離れるための型」が必要になります。そしてややこしいことに、「似得る」は持続しない。その都度生じてくる。一期一会の様子として創発する状態が、究極の「似得る」であり「離」となるのです。学習と脱学習を二重写しにし、習得の段階に必然的にアンラーンが組み込まれているのが「守破離」です。

 

このように、「型」の習得とははなはだ生き物のようであり、論理では掴み難いものではありますが、同時に論理では到底賄えないような情報量を扱える器でもあります。また「型」とは師に倣うものでありながら、自ら発見しにいくものでもあるでしょう。「型」として提示されていなかったところにも、その気になれば、その時の自分を助けてくれる「型」が見えてきたりもする。師の面影の中に、場の営みの中に、その時の自分自身の切実をもって幾度でも倣うべき「型」を見つけに行くこともまた、「継承」の一部であるのだと思います

 

先の源了圓は、日本人の人生における「型」の役割について、「型」の学習は即効性のある実学学習へのカウンターパートをなすものだといいました。 行為に美を含む「型」の習得は、日本人の実用的知識をある側面から補ってきたはずのものです。

 

また松尾芭蕉は、俳句における風雅の心得を「虚に居て実をおこなふべし」といいました。先にイマジネーションを置き、それによって実世界に関わっていく、ということです。源了圓に倣えば、「型」の追及は「虚」の追及の役割を果たすものでもあります。

 

『型』源了圓(創文社出版販売)/『稽古の思想』西平直(春秋社) 

 

「型の経営」を稽える

経営学者の野中郁次郎さんは、「型」というものは経営においても自由度の高い創造の母型(アーキタイプ)としての機能を果たすといいます。昨年11月に出版された新著『二項動態経営 共通善に向かう集合知創造』では、企業の進化プロセスにおける「効率性」追求のためのルーティンとは区別して、「創造的な型(クリエイティブ・ルーティン)」を提唱しています。「個別の文脈に応じて創造的な判断実践を促す、組織内で暗黙的に共有されている行動規範・行動様式」を指すそうです。よって企業独自の「型」は組織としての「生き様」を示すものであり、守破離を繰り返しながら進化するものであると指摘されていました。

 

「型の経営」というものがあるとすれば、単に事業を効率化するためのパターンやモデルがありそれが共有されている状態、ということではおそらくないのでしょう。ミッションやビジョンやパーパスといった「かくあるべし」の論理を身体感覚に取り込んで、自らの進む道を言語以前の感性で共有しながら、「型」を媒介に創発的かつ動的変革に向かえる状態を目指すものではないでしょうか。

 

そうした「型」をアクティベートさせるには、事業活動の中に「稽古」があってもいいし、「稽古」を持続させる「道」や、「道」を感じあう「場」があったほうがいいかもしれません。言語化しきれない側面での生き方や思想や哲学を含む「型」は、組織の拠って立つ文化的土壌の上に成り立つものであることもまた、忘れてはならないことであろうと思います。

 

ここまで見てきたように、自然の営みの中で育まれた日本の「型の文化」は、動的なものにたいそう強いという特徴があります。たとえば日本人は、「時」や「時間」そのものを哲学する代わりに、「時がたつ」「時が変化する」ことに思惟を傾けた。その「うつろい」の中に、生活や芸事ものづくりや農事や政治や商売を成り立たせようとしてきました。そうしたはなはだつかまえにくい時空のゆらぎを、「間(ま)」という一言に託してきたのが日本です。「型」のあるところに「間」があり、「間」の生じるところに「型」がある。

 

Hyper-Editing Platform[AIDA]Season5「型と間のAIDA」、日本文学者・上野誠さんの言葉(編集工学研究所のXで配信中)。|写真:川本聖哉
 

翻って今や、科学も技術も「うつろい」こそが解明の対象になっています。「モノの科学」から「コトの科学」への移行です。カオス理論や複雑系や量子論など、自然の柔らかで複雑な構造にフィットした記述方法としての非線形科学が、人類のこの先の歩みを照らす時代になりました。そこに先んじるように、道元や世阿弥や定家や利休や雪舟や近松や芭蕉や宣長や梅園や天心が、こうした「うつろいゆく自然に関わり合う方法」を見出してきたとも言えます。そこに介在する身体的で動的な「型」は、文化と歴史に縫い込まれながら潜在的に今の私たちにも届いているものが多くあるでしょう。


ますます複雑さが加速する世界にあっては、「実」よりも「虚」を先行させるべき時があるはずです。動的で非線形な本来の自然の姿を前に、昨日のエビデンスは今日のノイズかもしれません。力強いイマジネーションが先導する「虚にいて実を行う」活動において、それが芸道であれ教育であれ経営であれ、日本人の心身に馴染む「型」の威力が改めて見直される時期にあるのではと思います。



前後篇にわたっての「型」のお話、お付き合いいただきましてありがとうございました。「型」の一文字から覗き見る日本を、とうてい十分に言葉にできたとは思えませんが、分け入るほどに難題が増えていく、その迷い道ごと、今年も編集工学の断片をお届けしていきたいと思います。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 

安藤昭子(編集工学研究所 代表取締役社長)
 

◆編集工学研究所からのお知らせ:

 

■2025年4月開講:イシス編集学校「守」コース

編集工学の「型」を学べるオンラインの学校、イシス編集学校「守」コース(第55期)は4月27日申し込み締切です。お申し込みはこちらから。

オンラインで参加できる学校説明会も随時開催中!

 

 

 

■『情報の歴史21 増補版』発刊

政治・科学・芸術など分野横断で東西の歴史を網羅する唯一無二の年表『情報の歴史21』を刷新して発刊しました。編集工学研究所のウェブサイトから購入いただくと、電子版PDF版(6,800円(税込7,480円))を無料で贈呈いたします。詳細はこちらから。 

 

 

 

■1月19日(日)開催:イシス編集学校特別講義「宇川直宏の編集宣言」

 

イシス編集学校 co-missionのメンバーである宇川直宏氏による第54期[守]特別講義「宇川直宏の編集宣言」を開催します。どなたでもご視聴いただけます。イベントの詳細はこちら

●日時:2025年1月19日(日)14:00~18:00
●参加方法:zoom
●参加費:3,500円(税別)*54[守]受講生は無料
●申込先:https://shop.eel.co.jp/products/detail/776
●お問合せ先:es_event@eel.co.jp

 

■1月22日(水)開催:第一回「ほんのれんオンライン旬会」

 

編集工学研究所と丸善雄松堂が提供する「ほんのれん」では、オンライン旬会を開催します。毎月のテーマに沿って、その場で本やオリジナルテキストを読みながら対話するワークショップです。

 

本に触れたい、思考習慣をつけたい、対話して視野を広げたい、そんな方におすすめです。どなたでもご参加いただけます!イベント詳細やお申し込みは、こちらから。

 

<第一回ほんのれんオンライン旬会:「問いはどこに隠れてる?―「あたりまえ」を引き剥がす」>

◆日時:2025年1月22日(水)18:30-20:00(約90分)

◆実施方法:オンライン(使用プラットフォーム:Zoom) 

◆申込方法 :Peatixページの「チケットを申し込む」よりお申込みください。
 ※ほんのれんご導入機関のメンバーの方は、別途ご案内しているクーポンコードをお使いいただくことで、無料でご参加いただけます。(各機関3名まで)

◆定員:30名(先着順)

 

■1月27日(月)〜3月23日(日)開催:ジュンク堂書店 池袋本店「ほんのれんフェア」

1月27日(月)から3月23日(日)の2か月間、ジュンク堂書店 池袋本店1階にて「ほんのれんフェア」を開催いたします。

 

普段は一般販売していない、「ほんのれん」のオリジナル冊子『ほんのれん旬感ノート』や『百考本カタログ』を展示・販売しますので、ぜひお立ち寄りください。

 

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。