コルク佐渡島さんの好きのおすそわけのおすそわけ【おしゃべり病理医vol.56】

2021/10/31(日)09:31
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 佐渡島庸平さんのことを知ったのは、「おしゃべり病理医のMEdit Lab」の企画会議の中でだった。この企画は、経済産業省のSTEAMライブラリー事業の一環で、昨年度から製作費のすべてを公費からいただいていたが、来年度以降、各事業者が開発したコンテンツをそれぞれ存分に活用しながら自走するよう言われている。自走するためには企画力、広報力、資金力含めて、総合的なプランニング力が必要になってくる。そのお手本として佐渡島さんのお名前が挙がったのである。

 

昨年開発した動画教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」のアイキャッチ画像。おぐらのイラストを使って、穂積晴明くんがデザインしてくれた。

STEAMライブラリー上から自由に閲覧・ダウンロードが可能。医学×バイオ、医学×歴史、医学×読書の3つのテーマで医学を素材に学び方を学ぶ教材。リベラル・アーツとしての医学を編集工学とともに学びたい方には超オススメ。

 

 『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』、そして吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』のマンガ化など、次々にヒットさせた敏腕の編集者で、プランニング力がずば抜けていると、吉村堅樹さんが言っていた。

 

 「(MEdit Labの発展のためにも)おぐらさんもなんとか佐渡島さんとお友達になったら良いんじゃ?」という、やや現金かつ無茶ぶりアドバイスもくださったのだが、金宗代くんから佐渡島さんの著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』(PHP文庫)も教えてもらってさっそく読んだ。

 

 その佐渡島さんが、先日始まったHyper-Editing Platform[AIDA]Season2に座衆のおひとりとして参加されている。私も今季お題づくりのお手伝いをさせてもらっており、スタッフのひとりとして第1講に参加した。Zoom越しに、ラフな雰囲気で松岡正剛座長やボードメンバーのお話を聞く白シャツの佐渡島さんの姿が見えた。ダンサーのようにも禅僧のようにも見える、独特の雰囲気の方だなと思った。

 

■具体と抽象の行き来

 

 AIDAでは、月一度のリアル講義の間をネットのやりとりでつなぐ。座衆のみなさんは、それぞれ3つの「連」に分かれ、AIDA師範代のもと、講義の感想を交し合ったり、次講に向けて課題図書を読んだり、編集工学的なお題に取り組んでいく。佐渡島さんも他のビジネスマンとともに、先日の第1講の感想を寄せられていて、ご自身のブログのURLもご紹介されていた。

 

 具体と抽象を行き来する鍵、”AIDA(あいだ)” 

コルク代表佐渡島さんのnoteマガジン『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』。佐渡島さんのプランニング力の秘密を探りたければこちらの会員になってみましょう。

 

 佐渡島さんは、日頃の編集の仕事の中で、具体と抽象の行き来というものを意識されているらしい。以下のように書かれている。

 

 新人作家の場合、自分の個人的な体験を描いたエッセイ風のものだったり、個別のエピソードをつなぎ合わせただけだったりで、具体だけで物語をつくることがある。そのような抽象化を経ていない表現は、普遍性が浅く、時代を生き残らないのでなくなりやすい。どうすれば、そこに普遍的なテーマとの接点を作るかを、ぼくは意識したりする。

 

 具体と抽象の行き来といえば、私がすぐに連想するのはイシス編集学校で学ぶプランニング編集術である。プランニング編集術は、校長の松岡正剛さんが提唱する編集工学のメソッドを学ぶ[守]と[破]のコースの最後に学ぶ情報編集の型である。イシス編集学校では徹底的に情報の扱い方を、ユニークな「編集稽古」を通し、編集の型として体得していく。

 

 編集工学のプランニングは、ノンリニアに具体と抽象を行き来するような手順を踏むことで、プランの持つイメージを極力膨らませつつ、ゴールに向かい、かつ、そのゴールが次のプランニングのスタートになる円環的な構造をしている。仮説でプランを揺らし、世界を動かすダイナミックな編集プロセスなのだ。

 

 プランニング編集術の型は、編集学校で学ぶ編集の型がすべて投入されているといっても過言ではない。千夜千冊でも、1230夜『一般システム思考入門』をはじめ、何度かその一端が紹介されているが、松岡さんご自身が、イシス編集学校や松丸本舗をはじめ、何かを世に誕生させる過程において、このプランニング編集術を駆使してきている。だから、私も何かを企画するたびに、覚束ないながらもこの型を使うようにしている。

 

 佐渡島さんがおっしゃるように個人的な体験を起点にしたとしても、企画の方向性は、抽象度を高めた普遍的なものに底上げしていかないと、企画の途中で息切れしたり、企画自体が痩せてしまってつまらないものになることを感じている。プランニングのスタートである与件の整理の際は、どれだけ具体例を集めるかが勝負で、たくさんの具体例から抽象的な概念を立ち上げ、普遍的な方向性に向かって、プランをらせん状に積み上げていくようなイメージである。これまで編集学校で学んできたわけではない佐渡島さんが、プランニング編集術の本質を鋭くとらえているということに驚きつつ、数々のヒット作を飛ばしてきた所以なのだろうと納得した。


■AIDAには何が潜むか

 

 そんな編集センス抜群の佐渡島さんだが、ご自分の編集の捉え方が狭すぎるのではないかという課題意識を持って、今回、[AIDA]Season2に参加されたのだそうだ。さらに、このセミナーが[AIDA]という名前である理由について考え続け、ご自分なりの仮説を立てていたようである。その仮説が先ほどのコラムで披露されているわけだが、タイトルにあるように、具体と抽象を行き来することの言語化に向けての鍵が、AIDAに潜んでいるのではないか、というのが佐渡島さんの仮説である。

 

 私はさらにその仮説に“イメージメント”という言葉を重ねたいと思う。
 イメージメントとは、松岡さんの造語である。マネージメントをする手前で動く多様なイメージをどれだけ自覚的に集めて束ねられるかということである。具体的なイメージを集めただけでは束ねることは難しい。いったん抽象度を上げて具体を収める箱を用意してあげ、自分なりのイメージの辞書を造ってそれを自在に出し入れできるようになる必要がある。言語化の前に必ずイメージの編集が不可欠だと思うし、仲間と何かを企画する際には、言語化されない状態のイメージをいかに共有できるかが、プランを面白くさせる仮説を定義する前に重要だと感じている。

 

松岡正剛さんと元ラグビー日本代表の故平尾誠二さんの共著。イメージメントについても触れられている。

 

 自分にとって、そのイメージメントの鍛錬になっているのが今年度の『おしゃべり病理医MEdit Lab』の教材開発である。昨年度と大きく異なるのは、対談形式にしたことである。昨年度の教材では、文字通りおしゃべり病理医のおぐらが、ひとりおしゃべりし続けるのだが、今年度はゲストとともに話を進める。

 

今年度のおしゃべり病理医のMEdit Lab。医学を心技体、ココロ・コトバ・カラダの3つのテーマに分け、それぞれプロフェッショナルなゲストを呼んでとことん方法を語り合う。小児外科医やプロラグビー選手が手術や試合に向かうダンドリ編集はいかに?ないようであるものをたくさんのわたしから探していく精神療法とは?教養的医学読書とはどんなものだろうか?どんなワークが待っているかもお楽しみ。学べば学ぶほど、問いでいっぱいになる不思議な医学教材。

 

 対談形式でのお題づくりの難しさは、その不確定要素である。対談は、ライブ感が命であるし、台本を細部まで用意しすぎるとイメージメントができなくなる。一方で、用意が不足していれば、対談の流れが制御できなくなり、まとまりのないおしゃべりになり、ワークを出題するというゴールに向かって文脈を整えることが困難になる。この按配には、用意の段階で、イメージの辞書をつくることが必要になってくる。いざ本番という時に、ゲストと私が交し合う中で、互いにゴールに向かうイメージを共有できれば、文脈を制御し、教材で伝えたいテーマとワークの方向性が見えてくるのである。だからそのために、私が事前に用意すべきことは、細部まで言語化した台本ではなく、イメージの辞書なのだ。

 

 千夜千冊1566夜『アブダクション』にはこうある。

 

 相手がいる仕事の場合は、相手に対してアブダクティブにかかわる必要があり、相手にアブダクティブになるとは、先方に対して仮説を共有させることが骨法になるということです。それには「もっともらしさ」「検証的可能性」「取り扱い単純性」「思考の経済性」を相手と一緒に共有するのです。

 

 佐渡島さんのご著書のタイトルの『ぼくらの仮説が世界をつくる』。ぼくじゃなくて、”ぼくら”である。だから、相手とのAIDAに仮説をつくるということなのだろうし、仮説を共有していくうえでは言語化される前のイメージの共有が前提になっているだろう。

 

 

 私もここ数か月は、AIDA、多読ジム、おしゃべり病理医のMEdit Labの3つの大きなワークのAIDAを行き来しながら、たくさんの仲間と仮説を交し合う。さらに、母と病理医とエディターの3つの役割のAIDAも行き来して、たくさんのわたしと仮説を共有する。それらの”間柄”を楽しみながら、イメージメント力をつけていきたい。

 

 このコラムでさらに、佐渡島さんとのAIDAも勝手に作ってみたけれど、お友達になれる一歩を踏み出せたのかな?どうでしょう?吉村さん。


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。