窯変ミステリー受賞者は見た!物語講座のヒミツ【78感門】物語講座14綴 

2022/04/12(火)08:28
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感門も終わり気の抜けた午後に浅黄と若草色の美しい本が届いた。

 綴墾巻という名のその本のタイトルは『十四綴[遊]物語講座』。

 師範代と教室の仲間と作り上げた物語は書籍になり、すました顔で作者の元に戻ってきた。

 4ヶ月の間に物語講座の叢衆は、窯変落語、窯変ミステリー、窯変幼心、トリガークエスト、と編伝1910、という5つの物語を作り上げる。

 窯変三譚(落語、ミステリー、幼心)はまず最初に 一つの新聞記事を選びだし【シソーラス】【いじりみよ】で、物語に向かう【素焼き】と言われるベースを作っていく。

 ベースができたらここからが怒涛の展開。3000字から4000字の物語を、一週間ごとに産みだしていく。

 ちなみに、[破]の知文は760~800文字、物語は3000文字だ。

 破学衆の時には、3000文字と聞いただけで気が遠くなったものだが、窯変三譚をくぐり抜けたあとでは文字数は問題ではない。

 語るべきものが決まれば、物語は自ら語り出す。

 14綴では、窯変ミステリー賞をいただいた。生まれて初めて書くミステリー。ミステリーらしさとは何か、自問自答しながら書いた物語を振り返ってみる。

 【素焼き】のために選んだのは、「幹細胞からミニ臓器作製」という新聞記事。学林局から送られてきた新聞をつぶさに見ていると、実験室で人間の小腸の一部と同じ構造を持つミニ臓器「オルガノイド」が初めてできたという文章に目が止まる。

 患者自身の幹細胞を使うため、遺伝子操作が不要。免疫の拒絶がない。ここから、腸は第二の脳と言われていることへと連想を動かし、「腸が意識を持って語り出す」「心と体の関係」という物語の種を取り出した。

 私のいた夜想曲南軍将軍文叢の名前は、タブッキの『インド夜想曲』とブローティカンの『ビッグサーの南軍将軍』の合成だ。

 『インド夜想曲』の一節に、「~私は心臓専門医です。でもここには心臓の病気はありません。あなたがたヨーロッパ人だけです、心筋梗塞で死ぬのは」とある。舞台はインド。ヒンズー教では、真我、究極の私であるアートマンは心臓に存在するという。心が体を支配するのか、体が主体で祈る心があるのか、そんなことを考え、教室名とのインタースコアで心と体が、窯変三譚のテーマになった。

 物語講座のラウンジ内には、さまざまなミステリーへの手がかりが投げられ続けていた。

 手に取ったのは「あけとふせ」。

 突飛なトリックを思いついた訳ではない。

 双子の妹と主人公は双子の姉から腸の提供を受け移植している、そのために、姉の意識が常に流れ込んできて苦しめられ、姉の殺害を計画するという物語だ。

 師範代の指南通り、最初は時系列で、起きた出来事をかいていく。これが面白くない。全て世はこともなし。明るい世界に事件はない。

 そこで最後のふせが開けられると、犯人と共犯者の接点、犯行に至る理由、全てがつながるように、点々と伏せたカードを配置していく。

 ここまで決めると、キャラクターたちは勝手に会話を始めた。特に移植された内臓は作者の企みを超えて良い語り部となり、独特な世界に色を添えた。

 双子の姉、妹、主人公と主人公の体内で囁かれる姉の聲。

 自分の意識がじわじわと侵食される恐怖は読者と主人公だけの秘密であり、決して解消されることのない苦しみに読者もすっぽりとはまってしまう世界が出来上がった。

 ミステリーに限ったことではないのだが、物語は中の世界の設定を細部まで作ると、作者の手を超えて動き出す。

 あるべきところ、物語が迎えたがっている結末まで導いていくこと。物語を作るということはそういうことであった。

 どうぞ受章作をご笑覧ください。

 


ミステリーの仕立て:叙述トリックモデル

ワールドモデル:臓器移植、再生が簡単にできる世界

キャラクター:

 主人公A:双子のイタコ 福子     

 登場人物B:土井南留子(どいみるこ)

 登場人物C:双子のイタコ 幸子

 他、登場人物それぞれ

ナレーター:福子、南留子


 

『アネの聲』

 

一章 声 

 ワタシガオネェサンヨ。

 疲れて眠くなった時、心がすっとお留守になった時、繰り返し私の中から聞こえるあの声。氷を入れたグラスをカラカラ回して考える。更年期のせいか、暑くて暑くて冷たい飲み物が欠かせない。

 子供の頃から体が弱かった。一卵性双生児の姉の幸子は、まるまるとして元気なのに、私は次々と病に襲われた。腸炎、腸捻転、骨折、アトピーに蓄膿症インフルエンザは毎年だ。腸が壊死してしまったのは、小学校2年の時、東北の田舎の割には、ずいぶんと設備の良い病院で、姉の腸の細胞から大腸を再生して移植手術を行った。その頃からだ、あの声が響くようになったのは。

 ワタシガオネェサンヨ。

 姉の細胞は、私の体の中で自分を主張する。私の体の中には、私ではないものが棲みつき、常に私を観察していた。

 姉が言葉をおろし始めたのは、12歳ぐらいの時だ。会う人会う人の何がしかの秘密を嗅ぎ分けて、言葉にしてしまうのだ。厚ぼったい眠たげな一重の目が何か見えないものを見ているようで、対峙した人間は射竦められてしまう。そこから先は、私、妹の福子の仕事だ、怯えた人間はよくしゃべる。ツルツルと自分の秘密をしゃべり出し、ちょうど良い相槌を打つと、驚くほど簡単に心を開く。話したいだけ話し、「当たった、最適な答えを出してくれる」と感動して帰ることになる。欲しい答えは、本人がすでに導き出している。その通りに返しておけば、人は幸せになれるのだ。私はサトリだ。人の思いをくみとる事ができる。

 言葉をおろす姉、幸子と、サトリの福子、噂は噂をよび、東北の山奥を出て東京の中心で容易に人には相談できない肩書きを持つ人たち相手に、言葉を与え続けている。人は得体のしれないものに大金を払う。成果も感謝も、全ての栄光は姉の幸子のものだ。福子のサトリは、相手にそれと気づかれてはいけないのだ。時にトンチンカンな姉の言葉をいかにフォローしようと、さすが先生と褒めそやされるのは姉だけだ。

 

二章 記憶

 浅い睡眠から目覚めると、木霊のように、あの声が脳内に響き渡る。いけない、飲み込まれるな。頬をぴしゃぴしゃと叩いて、ベッドから起き上がった。

「福子、今週の予定は?」

「お姉さん、金曜日に女性が一人よ。付き添いで男性が一人同行する予定。実家によく出入りしていた、議員の小沢先生のご紹介」

「そう」

姉は何にも興味がない、肥え続け、部屋からも出なくなってしまった。しかし言葉をおろす力は年々鋭くなってくる。他人に興味がないからこそ忖度のない真実の言葉を投げることができるのだ。

「ねぇ、子供のころ、腸を移植したこと覚えている?」

珍しく姉が話しかけてきた。

「ええ覚えているわ。腸が体に馴染むまで相当辛い入院生活だったわ」

「あの時、私の腸を再生したのだけど、不適合を起こしてだめになった時のために、もう一体腸があったのよ。幸い、なんの問題もなかったから使う事もなくて病院に寄付してきたの。あれどうなったかしらね」

「さぁねぇ。とっくに捨てられているのじゃない?」

ぼんやりと考えこむ姉に、来客の用意をしなければと話を打ち切った。紹介制というのはありがたい。たっぷり情報を集めて、姉の発言に合わせて、満足いくように、持っていかなければならない。クライアントの満足とリピートは、私にかかっている。そうそう、来客用に香りの良い日本茶も買っておかなければ。

 

三章 香り

 茶の買い出しに行きながら改めて思う。お茶は好きだ。お茶の香りに酔って意識をお留守にしても、なぜかあの声は響かない。香りは、大脳に届く前に原始的な脳で感知され、意識と関係なく体が反応するそうだ。嗅覚はあの声が影響を及ぼさない唯一の感覚だ。特に茶の香りは、気持ちを緩めつつ、疲労をとる力がある。常に、自分の意識を失うまいと身構えている私にはぴったりなのだろう。オーナーが、選りすぐりのお茶を扱っているあの店は私の癒しの場だ。

案外、同じ悩みを持つ人が多いからお茶が売れているのかもしれない。

 

四章 取材

「えっまたですか?」

「だって取材よ。行ってくるわ。嫌だったら来なくていいから」

「大事な作家に一人で取材に行かせませんよ。今回は双子のイタコですか?」

土井南留子はそこそこ人気の作家だ。オカルトが大好きで、霊能力者や占い師をめぐっては、自分の小説のネタにしている。今も抜けるように白い肌を上気させ、双子の噂を捲し立てている。

はいはいと適当に相槌を打ちながら、このセンセが来た際に出す、特別に香りの良いお茶を出した。お茶にはうるさく、良いお茶でなければ集中力が変わってくる。

「はいはい、金曜日ですね。予定をあけておきます」

 

五章 オヤスミ

 私には空がない。寝ている時には、姉の意識が体に満ち、常に私と姉の意識が混在し、隙間がない。いつも姉の意識に見張られている。私は自由になりたい。私の体を私の意識だけで埋めてみたい。私の体に姉の細胞があるから、姉の意識が流れ込んでくるのだ。きっと。ラジオのように受信してしまうに違いない。もう限界だ。私は姉をなくして空を取り戻すことにした。

 姉の高血圧の薬に1gの覚醒剤のカプセルを混ぜた。しっかりと姉の心臓を止めてくれるはずだ。高血圧、糖尿、肥満と持病のある姉は、解剖もされずに自然死とみなされるだろう。

 ワタシガオネェサンヨ。

 おかしい。姉は呆気なく亡くなった。なのに、この流れ込んでくる意識が消えない。せっかく私一人が自立した祝いの日なのに。姉の意識が満ち満ちてくる。おかしい。そしてとても眠い。あの人とようやく楽になれると、泣きながら計画を立てたのに。眠い。氷になにかが入って。。。

 

六章 モウイイカイ

「もしもし土井先生、明日は一度編集部にきてください。そこからタクシーで一緒にいきましょう」

留守電にそう入れると、そっと電話を切った。あの先生は原稿に集中すると、メールやチャットにも気がつかない。留守電に入れるのが一番確実だ。お腹が弱く、突然の腹痛で身動きができなくなる時がある。子供の頃に大きな手術をしたらしいが、大人になった今も治りきらないのだろう。

 翌日、編集部のある神田からタクシーで、麹町方面へ進むとひっそりしたマンションの前で止まった。目立たないけれども、セキュリティがしっかりしている。受付で名前を告げると、最上階へ促された。

 ドアのインターフォンを押すが、誰も出ない。受付に連絡をするとコンシェルジュが「確かに来客予定が入っている」と告げて、ドアを開けてくれた。今まで一度もこんなことはないと不安に思ったようだ。

 部屋に一緒に入る。「幸子さん、福子さん」声をかけながら部屋を回った。

 幸子は、ベッドの中で、福子はダイニングのテーブルの上で、死んでいた。

 

七章 マアダダヨ

「いやぁしつこかったですね。取り調べって、あんな感じなんですね。でもいい取材になりましたよね」

「死因って聞いた?」

「お姉さんの幸子さんは、心臓発作のようです。あれだけ太っていればねぇ。妹の福子さんは、睡眠薬とお酒をチャンポンしてしまったようです。事故なのかどうか、調べるって言ってましたよ」

「そう」

担当編集は興奮しているのか、なおも喋り続けている。

 ワタシガオネェサンヨ。

 話が違う。福子さんは、幸子さんが死ねば、自分だけの意識となると言ったのに、アネの意識はとまらない。

幼い頃に、重度の腸閉塞で大腸を失い、移植を受けた。それから、アネと名乗る意識との同居が始まった。アネの意識は、理屈にならない、けれども正しい情報をキャッチする。大きな事故や、たくさんの人が亡くなるような情報を延々と届けられても、どうにもすることができず、苦痛でしかない。癒しの時間であるはずの睡眠時間にアネは活発になる。絶えず意識が流れ込む状況が苦しくて、腸の提供者を調べて、福子さんに辿り着いた。お互い自由になりたくて、幸子さんを消してしまおうと二人であの薬を用意したのに。

 フクコハツレテイクカラ。

 私の中でアネが楽しそうに答えた。

 

  • 北條玲子

    編集的先達:池澤祐子師範。没頭こそが生きがい。没入こそが本懐。書道、ヨガを経て、タンゴを愛する情熱の師範代。柔らかくて動じない受容力の編集ファンタジスタでもある。レコードプレイヤーを購入し、SP盤沼にダイブ中。

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