「発想力を鍛える」と検索すれば、27万件もの検索結果が出てくる。「ありきたりな発想から脱したい」。51[守]が開講して2か月近く、学衆たちの揺動が山場にさしかかるこのタイミングで、二回目の番選ボードレールが開幕する。
「ここからの30分は個人で徹底的に言葉に向き合ってもらう。必ず編集できると信じて」。ルイジ・ソージ教室の師範代、南田桂吾がオンライン汁講の冒頭で明言した。番ボーお題「即答・ミメロギア」が出題された翌日の初対面の場は、無言でワークに取り組むことで占められた。ミメロギアとは、二つのまったく関係なさそうな言葉の対比を際立たせ新しい関係線を引くものだ。読み手に納得感と共に、意外な見方への驚きを立ちあげることが肝要だ。南田が淡々と段取りを説明しはじめた。やや遅れて、番匠の渡辺恒久が駆けつけた。場の空気に動じることのない渡辺さえ「こんばんは!」と発しかけた声をのみこんだ。初回汁講につきものの和やかさが全くない。「南田師範代、大丈夫?」と居合わせた学匠、番匠、師範の心がざわめく。が、南田はわき目もふらずに進め、学衆たちはひたすらに従う。まず、6つのミメロギアのお題から一つ選んで、白紙の中央に書き出す。お題の言葉を辞書で調べて、周囲に言葉を書き足す。続いて、好きな本を一冊選んで目を通す。気になった言葉を白紙に書き足し、辞書で調べて、さらに言葉を書き足す。次は千夜千冊だ。好きな一夜を選んで、気になった言葉を書き出し、辞書で調べて、またもや言葉を書き足す。最後は、言葉でいっぱいになった用紙を俯瞰し、関係線を引いて、動かして、ミメロギアの形に落とし込む。
沈黙の30分間の後は発表会だ。学衆たちが控え目にチャット欄に成果をアップする。「脂質の妖怪・糖質の妖精」「ドカ食いの妖怪・点滴の妖精」「保健室のドローン・校長室のクローン」「帰化する妖怪・工学する妖精」。異質な情報が掛けあわさった作品を前にして、待ちかねたように一同が前のめりになる。「普段の自分では考えられないものが出てきた」と銘々の学衆が脳内の汗をぬぐいながら説明する。「誰にも共感できないくらいのところまで、イメージを広げきってほしい」と渡辺がけしかければ、「このまま五感でイメージを広げていけばいい」ともう一人の番匠、若林牧子が背中を押す。「今まで言葉同士の創発を起こせなかった。他から借りてくればよいのだと目から鱗が落ちた」と学衆の田子みどりが驚くと、藤原雄作も「偶然性を発生させて編集の幅を広げる稽古は、脳内で強制的にシナプス結合が発動されるような感覚」と応じた。南田の心中のガッツボーズを師範、阿曽祐子は見逃さなかった。
汁講前、「守の学衆にはハードすぎるのでは」と心配顔をする師範に対して、南田にはひとつの予見があった。開講当初に催された空文字アワーで、ルイジ・ソージ教室は、言葉と連想をつなぎ続け、1000字を超える物語をたたき出した。そんな彼らは、必ずや、自らを脱して発想を動かす方法にはまるに違いないと。学衆の編集可能性に賭けようと、入念なシミュレーションを経て場に臨んだ。かくして、学衆たちは気づいた。自分のアタマだけで考えなくていい。辞書はもちろん、本も、映画も、仲間の回答も使っていい。通勤電車で隣り合わせたおじさんになりきってみることすらも、アイディアの素になる。必要なのは「どんな情報も必ずつなげられる」という確信と「とことんまで編集し抜く」という覚悟なのだ。汁講を終えた学衆たちは、見る間にミメロギアのラリーへと向かった。
一週間後、エントリーを済ませた学衆の福田彩乃が「今回は不思議なもの同士を取り合わせた。でも納得感がある」と嬉しそうに声をあげた。木村昇平は「自分の趣味嗜好からではなく、他から借りて連想して湧き立ったものの輪郭をつかむような感じ」と作品の推敲プロセスを振り返った。その道のりは決して平坦ではなく、苦しみをも伴うものだった。しかしながら、仲間の作品の劇的変容と師範代の率先垂範を目の当たりにして、エントリーの余韻に浸ってはいられない。可能性を徹底的に追う無言汁講が、瀬戸に向かい続ける学衆たちの志をもたらした。
(文/阿曽祐子)
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