選挙前夜のイシス館で「すずかんゼミ」を体験する〜【『情報の歴史21』を読む ISIS FESTA SP】鈴木寛編

2025/07/11(金)08:00 img
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 週末に東京都議会議員選挙が控え、全国で参議院議員選挙が始まろうとしている6月20日金曜日の夜、豪徳寺のイシス編集学校で情報の歴史を読むイシスフェスタSPが開催された。16回目を迎えたイシスフェスタに登壇したのは、鈴木寛さん。満を辞して、否、待ちに待ったと言うべき、通称”すずかん”さんの来場だ。松岡校長も千夜千冊449夜 の『アナーキー・国家・ユートピア』ロバート・ノージック)で何度も「鈴木くん」と呼びかけていた。

 

 

 鈴木寛(すずき かん)さんは、参議院議員時代に文部科学副大臣を二期務め、文部科学大臣補佐官としても四期働き、日本を教育の面から豊かにしてきた。現在は、自身が直接、大学で教鞭を取る。その傍らで、卒近代のソーシャル・プロデューサーを育成するための「すずかんゼミ」を1995年に立ち上げ、30年が経つ。今や、教え子達はIT、ソーシャル、生命科学分野のベンチャー、起業家や官僚、政治家となり、新たな時代を作るエポック・メーカーとして、様々な分野で活躍している。

 

 鈴木さんの詳細なプロフィールはこちらの記事を参照されたい。

【6/20開催】鈴木寛、登壇!!! 東大生も学んだこれからの時代を読み通す方法【『情報の歴史21』を読む ISIS FESTA SP】

ご本人の手で丁寧にまとめられた自分史のクロニクルは、編集工学研究所や松岡正剛と交差している。ソーシャル・プロデューサー養成法も、編集工学がベースにあるようだ。

 

 では、鈴木さんは『情報の歴史21』を如何に読むのだろう。ISIS FESTAで明かされた「すずかんゼミ」でも使われるという方法を紹介しよう。

 

  • ◆「情報の歴史」からインプットする歴象に学ぶ

 鈴木さんは、研究室や家など、普段過ごす場所の全てに『情報の歴史』を備えているという。自宅にも3冊。そのうちの1冊は寝室の枕元で、いつでも手に取ってペラペラと見られるようにと。まさに情報の歴史にまみれているのだ。この日に使った投影資料は、多くのページが年表で、歴象を年代ごとに「科学的発見・発明」、「産業ビジネス」、「国際政治の動向」の3分野に分けて並べたものだった。

 

 「すずかんゼミ」には年表ワークという学習メソッドがある。関心のある時代のできごとを拾い、年表を作ってみるというものだ。もうひとつ、大切にしているのは、PCCP(フィロソフィー、コンセプト、コンテンツ、プログラム)と呼ばれるメソッド。プロジェクトを立ち上げようとする際は、これをひとつずつ埋めていくのだが、そのためのインプットに必要なのが年表だという。ソーシャル・プロデュース手法の肝は、類似の時代、参照する時代を振り返って年表にすることなのだそうだ。

  

 高校生でも”年表ワーク”はできる。ディズニーが好きな生徒は、ディズニープリンセスの歴史を追ってみたそうだ。すると、白雪姫やシンデレラのようなお姫様から、アナやモアナへと、キャラクターの変遷が見えてくる。日々の辛さに耐えながら王子様を待つ昔の『シンデレラ』と、『アナと雪の女王』や『モアナと伝説の海』に現れる、自立して勇敢に生きる女性像の違いに気づけば、フェミニズムやジェンダーの考え方につながる。それは、「大学院の社会学くらいの学びになる」と、鈴木さんはいう。歴史を紐解くことは学びそのものなのだ。

 

 「情報の歴史」からバタフライ・エフェクトを探す

 「科学技術が国際政治を変える」と、投影される膨大な歴象が拾い出された年表を繰りながら、鈴木さんは歴史を振り返り、「面白い話はいくらでもあるんです」、と話し始めた。

 

 イタリアの物理学者であるエンリコ・フェルミは、1934年に発見した中性子による原子核破壊技術で1938年にノーベル賞受賞をすると、その足で、アメリカへ亡命した。妻がユダヤ人であったため、ムッソリーニ政権下のイタリアを逃れたのだ。その後、フェルミはアメリカで、原子爆弾開発プロジェクトであるマンハッタン計画に参加し、原子爆弾を完成させた。科学技術の進歩が核兵器の開発や拡散をもたらしたとはいえ、もしも、フェルミがユダヤ人に恋をしなければ、1945年までに原子爆弾が完成し、日本に投下されることはなかったかもしれない。とも考えられる。鈴木さんは、そんな歴史のバタフライ・エフェクトを見つけるのも「情報の歴史」の面白さだという。


 さて、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の4つの領域を総合的に学ぶ教育をSTEM教育と呼ぶ。アメリカを始めとする各国で科学技術立国を目指して叫ばれる教育理念でもある。子どもの頃から音楽を志し、大学時代には演劇にも携わった鈴木さんは、この4分野にアート(Art)を+1した、STEAM教育を提唱する。アートは、総合探究であって、これからのAI時代には特に、を持つアートが重要になるというのだ。そして、歴史を読む時にも、アートは重要な意味を持つ。

 

 ベルリンの壁が崩壊した時の革命の主人公に挙げられる、ロックボーカリストのデビット・ボウイは、ベルリンに住み、西側でコンサートしながら、東ドイツの人々に声を届けた。その声が重なって、ベルリン革命が起こった。また、1971年の第三次インドパキスタン戦争の際は、ビートルズのジョージハリソンが、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで『バングラデシュ難民救済コンサート』を開催し、「バングラデシュ」歌う。その翌年、1972年にバングラデシュは独立を勝ち取った。これらは、軍事ではなく、アーティストが国際世論を動かし、国際政治に大きな影響を与えた例である。

 

 「情報の歴史」から引っ張り出したデータで、「この時、これがあったから、こうなったのだ」と気づく時、色々な仕組や装置が同時多発的に共同編集的に動き、立体的に見えてくる。鈴木さんは情報の歴史」を眺めながら過ごす時に至福を覚えるのだと笑みを浮かべる。

 

 「情報の歴史」からスパイラルに未来を語る

  • 『「熟議」で日本の教育を変える: 現役文部科学副大臣の学校改革私論 (教育/2010)『クリエイティブ・ラーニング:創造社会の学びと教育』 (リアリティ・プラス/2019)『ボランタリー経済の誕生 自発する経済とコミュニティ』(実業之日本社/1998)

 

 実際に鈴木寛さん自身が年表を使ったソーシャル・プロデュースの例が、著書の『熟議で日本の教育を変える』(2010)にある。副題を「現役文部科学副大臣の学校改革私論」とする本書に、明治2年頃から立て続けに起こった明治初期の教育改革を「学制百年史」から参照し、平成の教育政策へと引き直した『明治・平成の教育改革対象年表』を作って載せているのだ。2010年発行の書籍なので、2011年以降についてはプランでしかないのだが、2025年の今、答え合わせをすると、ほぼ年表通りに進んできていることに感嘆する。

 

 対照年表には、明治2年の「京都の小学校創立」、「大学の管制を定め、府藩県の学校統括」に対応して、2010年に「全国コミュニティスクール協議会立ち上げ630校」、2011年に国・地方・大学・実業界・NPOが対話・連携・協働による人材育成政策立案・実施」とある。実際に今、コミュニティスクールは2万校あり、学校のボランティアが1000万人を超えた。花壇の手入れや子どもの送迎も含め、多くの人が良い学校を作るために関わっている。

 

 また、明治3年、「東京・横浜間に電信開通」した年には、2011年〜「ICT活用による個別教育、協働教育実践校」を並べている。実際は、2017年に文部科学省の教育の大方針として、公正な個別最適化と協働学習が示された。それを維持するためのギガスクール構想により、今では全ての小中学校に情報端末が普及するようにもなった。対照年表に描かれたことが、数年以内には実現していることになる。

 

 鈴木寛さん曰く、「歴史はスパイラルアップに進む」。全く同じことが起こるとは言えないが、あるパターンを繰り返しているというのだ。縦軸には科学技術の進化というベクトルがあるが、何かを生むパターンはスパイラルの上から見ると似ている。VUCAの時代、混沌の時代だからこそ、改めて歴史を振り返り、次に何が起こるのかを考えたい。

 

◆「情報の歴史」をAIに読ませると・・

 

 この日、鈴木さんは、参加者にお題を出していた。まさに、「情報の歴史」からスパイラルにこの後を占う方法の実践だ。

 今日の動乱する世界情勢(ウクライナ戦争、中東問題、トランプ、米中衝突、民主主義の揺らぎ、科学技術の発展がもたらす明暗など)の行方を占い、我々がよりよい決断や行動をしていく際に、特に参照すべき「時代(〇〇〇〇年から〇〇〇〇年まで)」や「歴史的事象(単数または複数)」を『情報の歴史21』から選ぶとともに、そうした歴史から我々が学ぶべきインサイトについて、説明してください。様式は自由だが、スライド、PPTが望ましい。枚数は自由だが、2枚から4枚が望ましい。

 

 いくつかの回答に加えて、最後に参加者のひとりが質問を投じた。

「イスラエルとイランの関係など、第三次世界が勃発しても不思議はないと思える今、二国の暴走をどのように考えたらよいでしょう」。

 

 鈴木さんは、「難しい」としつつ、「すぐに答えを出せない問題にAIはどう答えるか、聞いてみましょう」と、NotebookLMというGoogleのシステムを開く。『情報の歴史21』のPDF 版を、他の様々な情報と共に読ませる「すずかんゼミ」の資産ともいえるもので、本邦初公開だという。参加者の視線は、目の前で答えを出そうとする画面に釘づけられた。

 「イスラエルと中東のこれまでの歴史を概括し、今後の展開に重要な要素を教えてください」

と質問を入れると、AIは、イスラエルと中東の過去の歴史を遡った上で、以下の3点を重要な要素として挙げた。

    •  ・二項対立的思考の超克
    •  ・共創への転換と共感性の重視
    •  ・複雑系の理解と「大きな物語」の失墜

なるほど、AIから、誰もが納得しそうな回答を得ることはできる。しかし、実際にはさらなる知の編集が必要になりそうだ。

 

 鈴木さんは、コミュニケーションと情報プロセスが民主化され、AIによって知の相対化が加速する今、同時にインテリジェンスの非知性至上主義化が起きて、人類の歴史が新しく作られようとしている、と言う。知のありようが大きく変わる中で、人間はどう生きていくのかをゼロベースで編集し直す時でもある。そのためにも、この本楼は、多様な背景を持つ世界の人々と共に、松岡正剛のミームを受け継いだ我々が、世代を超えて創発を起こすための大事な場になるのだ。鈴木さんは、「共に頑張りましょう」と、イシス館とオンラインの参加者に向けて決意を促した。

 

 この日、イシスフェスタの本会場に集まった参加者の平均年齢はいつもより10歳以上若かったのではなかろうか。講演を終えた鈴木寛さんを囲む輪から漏れ出すエネルギーは眩しいほどだった。これが身体性を説く鈴木寛さんによる「すずかんマジック」の源なのだろう。そう遠くない未来、次世代のエポック・メーカーがここから誕生するはずだ。松岡校長が千夜千冊449夜 で何度も呼びかけた「鈴木くん」が、ココから羽ばたいたように。

 

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  • 安田晶子

    編集的先達:バージニア・ウルフ。会計コンサルタントでありながら、42.195教室の師範代というマラソンランナー。ワーキングマザーとして2人の男子を育てあげ、10分で弁当、30分でフルコースをつくれる特技を持つ。タイに4年滞在中、途上国支援を通じて辿り着いた「日本のジェンダー課題」は人生のテーマ。