イシス編集学校には「師範」がいます。学衆の回答に、直接指南するのは「師範代」。ではいったい「師範」とは何者なのでしょうか。辞書を引けば「手本となる人」とありますが、私たちは師範の何を手本とすべきなのでしょう。
イシス編集学校では、師範たちが[守][破][離][花伝所]など講座を超えて集い、イシスのこれからを交わし合っています。12月某日。今季2024秋シーズンを代表する師範として、[守]からは一倉広美師範、[破]から得原藍師範、[花伝所]からは大濱朋子師範が集い座談会が行われました。3師範はともに16[離]を退院したばかり。この記事では、ふだんなかなか見えにくい「師範」の素顔や、[離]の余韻をご紹介します。
聞き手:バニー新井、石井梨香
――御三方ともに、師範ロール以外にも多読アレゴリアやエディストなどで活躍中ですよね。めちゃくちゃ忙しいはずなのに、とっても軽やかに活動しておられるのが印象的です。
一倉:
軽やかに見えるんですね……!本人としては、最近は緊張するようになったなという実感があります。[離]に行くまえは、イシスのイベントはあまり緊張しなかったのですが、最近は、かつての伝習座である創守座の司会も、多読アレゴリアの工冊會の司会も、すごく緊張するようになっちゃって。
――[離]を終えたあと、イシスイベントで緊張するようになったんですか。
一倉:
そうなんです。[離]を終えて、ああいう場って、師範にとっても誰にとっても、ここまでやってきたことを思い切り出す場なんだなとわかったのだと思います。創守座なら、師範や番匠、学匠たちが、どんな思いで場をつくっているのか、実感するようになって。その思いに、自分も応じなければいけないと思うようになりましたね。
――「場への礼節」を深く感じるようになったようですね。大濱師範はどうです?
大濱:
私も最近変化がありました。私は中学校の美術教師をしていますが、この春から異動があって、美術の授業がほとんどできない状況になってしまい……。正直にいえば、自分にとって大事な美術が奪われた、という感覚があって。
でも、そういう環境におかれたからこそ、編集学校と実社会をつなげられるようになった気がしています。イシス編集学校では自由に教室運営ができるのに、組織ではそうはいかない。そういう現実に直面すると、これまでは、「なぜ編集学校では自分の編集ができるのに、組織ではできないんだ」って考えていたんですが、[離]を終えた今は「たくさん矛盾がある世界だから、矛盾ごと編集していかなければ」と思うようになりました。
得原:
大濱師範の話を聞いて、自分のことを思い出しました。仕事をやめたときのことです。
39[守]で入門した頃、私は大学院の博士課程に通いつつ、専門学校の教員としてフルタイムで働いて、子どもは2歳で夫は単身赴任、という状況でした。39[破]を終えたあと、忙しすぎてどうしようもなくなって、常勤の仕事をやめました。仕事をやめるのは、当時の私にとっては「こんなはずじゃなかった」という出来事で。。
それまでは、人生って頑張ればうまくいくものだと思っていました。でも、子どもが生まれて、自分が100%コミットしなければいけない生き物が家族に増えたとき、これまでの考えでは通用しなくて。生活を根本から編集する必要に迫られたんですね。
――大事な美術を奪われた大濱師範と、子どもを産んで自分のキャリアを見直さざるを得なかった得原師範。葛藤の時期だったんですね。
得原:
ただ、[離]を受けて、「松岡校長もそうだったのか!」と気づいたんです。ままならない世の中で、松岡正剛だからといって答を見出したわけではなく。
[離]を一緒に受けていたみなさんも、わだかまりをわだかまりのまま編集しようとしているのだとわかりました。そしてそれは、きっとどの時代の誰であってもそうなのだろうと。そっか、みんなそうなんだ、世界はそういうふうにできているんだなって、[離]を受けて思ったんですよね。
一倉:
あ〜、「世界はそういうふうにできているんだな」って、私も感じました。[離]で戦争のことを考えていると、これは「仕組み」によるものなんだなと思ったんです。「誰かが誰かを殺したいと思ったから戦争を始めた」とか、そんな単純な話ではなく、その時代やその環境ゆえに戦争という結果になってしまったのだろうと。
――ある主体が意思をもって動いてきたというよりも、すべては関係性のなかで動かされているという感覚でしょうか。
一倉:
そうです。状況とか場に自分が動かされることって、戦争だけに限らず、イシスでもよく起こるんですよね。たとえば、[離]のときなら、ほんとうだったら仕事を優先したいのに、今日はお題やらなくちゃと身体が動いてしまうとか……(笑)。
そういえば、[破]に進むときも、[花伝所]に進むときも、私の場合は「もっと学びたい!」と自分から望んだわけではなく、みんなが行くから私も行くかって感じでしたし。振り返ってみれば、私だって、周りに動かされていた。戦争だって、周りに動かされて起こった。
世界ってそういうふうにできているんだなって肌でわかったんですよね。
――……軽やかな3人とご紹介しましたが、まったくアテが外れましたね(笑)
得原:
3人ともだいぶ重いですね(笑)。
一倉:
ほんとに(笑)
――いや、でも、お話を聞いていると、肚が座っていて土台がしっかりしていて、だから上半身の力が抜けているように感じました。それを軽やかだなと感じたんだろうと。
ひとつお聞きしたいのは、「世界はこうなっているとわかった」っていうことです。「達観」といえばたしかにそうだけれど、「諦め」にも見えちゃうんですが。
得原:
「こうなっているんだ」という発見はあったけれど、むしろ、だからこそ知りたいことが増えたんですよね。私は[離]を終えて、SNSに使う時間が激減しました。そっちより、こっち(本)が面白いから。いま、私は中世に夢中で。活版印刷以前の人間に興味があって、家の中にどんどん本が増えてます。
[離]を終えると、いままで、真っ平らだったと思っていた地面にフラグがいっぱい立っていて、掘ってくださいと言っているように見えるんですよね。
――それって、すごいゲームっぽいですね。ドラクエ……?
得原:
そうですそうです、もともとゲーム脳なんで(笑)。ドラクエって、初心者のときはどこをどう進めばいいかわからないんだけど、やりこんでいくと、「あ、ここでウロウロしてるってことはこの町民に話しかけたらいいんだな」みたいにわかってくるんですよ。今は同じように、生きている現実の世界にもフラグが見えてきて楽しいですね。その延長上で、書を習ったり、イシスにかつてあった風韻講座OBOGのみなさんの連句の場に参加させてもらったり、手を動かすことも始めました。
一倉:
そうそう、私もいろんなことを「まず、やってみよう」と思うようになりました。つい先日から、着物を習い始めたんです。たまたま着物をいただいたので、着られるようになりたいなと思って。以前だったら「時間ないし〜」とか思っていたけど、[離]を出たら言い訳ができなくなっちゃったんですよね(笑)。[離]であれだけのお題を2日間とかでできたなら、なんでもやるしかないなって。
――54[守]のボードでも、一倉さんは「やります!」って手あげておられるそうですね。
一倉:
つねに追い込みたくなっちゃったんです(笑)。いまは、好奇心にひっかかったら、そのまま釣り上げるようになりました。
――[離]を終えると、好奇心旺盛になったり、好奇心に素直になったりするんでしょうかね。
大濱:
うーん。私の場合は、どうなんでしょう。制限をかけたくなりましたね。これまで、絵は自由に描けていたんですが、今は「墨だけで描く」とか「言葉だけで書く」とか制限をかけたなかで「かく」ことをしたくなっています。
――大濱師範はエディストでもさまざまな連載をされていますが、ドローイングからライティングに乗り換えたということですか。
大濱:
そうですね。絵を描いていると、なんでも描きたくなる時期ってあるじゃないですか。
一同:
……あるんですかね?(笑)
大濱:
あるんですよ(笑)! いまは、「なんでも描きたい」という感覚が、ライティングのほうに向かっている気がします。
得原:
うわ〜、大濱師範は書きたいんですか。私は、[離]のあとぜんぜん文章が書けなくなりました。
一倉:
私もです……! もともと私は、思うがままに書くのが好きだったんですが、連想力の翼が折られた感じがします(笑)。飛べなくなっちゃった!
――[離]を終えて、文章が書けなくなったというのは聞き捨てなりませんね。
▲番期同門祭(16[離]退院式)のさなかに、火元・松岡校長とともに。左が一倉師範、右が得原師範。
[離]を終えると、なぜ、文章が書けなくなるのか?
そして、そんなことはあってよいのか?
後編へ続きます。
アイキャッチ画像:大濱朋子
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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