私はもうアンパンチを繰り出さない――松林昌平のISIS wave #26

2024/03/26(火)07:59
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

医師という激務にありながら、2022年の春に15季[離]に飛び込んだ松林昌平さんは、[離]を終えた今、自身の変化に驚いているという。いったいその変化とは。

 

イシス受講生が編集的日常を書き下ろすエッセイシリーズ。「ISIS wave」の26回目をお届けします。

 

■■編集可能な「わたし」と「未来」

 

同じ教室で学んだ仲間や師範代が、「いまの私」を知ったら、きっと驚くだろう。[守][破][離]のどの学びの場でも、すぐに腹を立てていた私が、いまの職場では、「利害調整係」として機能していることに。

 

最近は、松岡正剛校長が、[離]の最終週に言われていたことをよく思い出す。
「きっとものすごく力がついているはずです。この[離]の体験は必ず報われます。どこに成果があらわれるか、明日か、年が明けてからか、1年後か、3年後か、大いに楽しみにしていてほしい」


私がいちばん変わったところは、それぞれ矛盾した「たくさんの私」を受け入れたところだ。以前は首尾一貫、理路整然としていなければならないと思い込んでいた。今は辻褄が合わなくても、それはそれで全部自分だと受け入れている。そして何より相手を論破しなくなった。他人の非合理性や非効率性を許せるようになったからだ。

 

私は長崎の病院で病棟医長として、医者と看護師等のコメディカルの間を取りなす係をしている。普段は片手間でホイホイ調整できているのだが、先日久しぶりに危機が訪れた。
コロナ禍が過ぎた病院はどこも経営状態が悪化している。そこで浮上したのが、病棟再編だ。簡単に言えば、病床を埋められない診療科の代わりに、病床を埋められそうな他の診療科が空いてる病棟に患者を入れるということである。病院のトップから、ほとんど命令的な形で私に来た。今までうまく回っていたシステムを強引に変えざるを得なかった。セパレーション(出発)だ。簡単な話に思えるが、実際に動く医者や看護師はみんな反対した。皆それぞれ自分の考えやこれまでの慣習を「信念」だと思い込んでいるからだ。
そこで私は看護師長や各グループの医者の話を何度も繰り返し聞いた。イニシエーション(試練)だ。結果、普段気にしないトイレの配置や物置の位置、各グループのシステム等を知ることができた。限られた時間の中、交わし合いによって物語を編んでいく。円満解決とは言えないが、多数決で押し切ることなくできた。また看護師長達と仲良くなり、仕事がやりやすくなった。リターン(帰還)だ。旅立ち、試練を経て、戻ってくる。この道筋を考えることは、物語編集術に似ている。


「たくさんの私」の中に新しい私を入れることにも、躊躇しなくなった。今までの私は、後輩を厳しく指導してきた。だが実際は効果があったとは言い難い。後輩が何も変わらないなら、私自身が変わればいい。

アンパンマンの必殺技アンパンチは、岩をも砕き、ばいきんまんを一撃で吹っ飛ばす。正義のパンチだ。「正しさ」はひとつ、と信じていた私は、アンパンチを繰り出すごとく、後輩に「私の信じる正しさ」の実行をバンバン強いた。例えば手術の時に前もって勉強していなかったら、叱り飛ばし、何ひとつさせなかった。
でも「正しさ」はひとつじゃないと、今の私は知っている。
だからパンチのかわりに、顔のパンをちぎって与えている。やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めるという方法だ。指導になっているかわからないけれど、効果はあがった。

 

他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる。そしていくつになっても変えられる。

 

▲笑顔で勤務中の松林医師。

 

「ワカルとカワル」とは編集学校の合言葉ですが、短絡的に「カワル」をターゲットにすると大抵、掛け声倒れになります。松林さんは違いました。むしろ変わることに抵抗していた。ところが[離]に入り(セパレーション)、泣きたくなるような課題の嵐の中を進み(イニシエーション)、何とか修了してみると(リターン)、「世界の見方」が変わっていたのです。世界の見方がワカルと私がカワル、ということなのでしょう。


文・写真/松林昌平(47[守]「象」徴ドミトリー教室、47[破]泉カミーノ教室)
編集/角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。