【太田出版×多読ジム】ギロチンによる死♂性♀観の脱皮(畑本浩伸)

2022/08/15(月)10:00
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多読ジム出版社コラボ企画第一弾は太田出版! お題本は「それチン」こと、阿部洋一のマンガ『それはただの先輩のチンコ』! エディストチャレンジのエントリーメンバーは、石黒好美、植村真也、大沼友紀、佐藤裕子、鹿間朋子、高宮光江、畑本浩伸、原田淳子、細田陽子、米川青馬の総勢10名。「それチン」をキーブックに、マンガ・新書・文庫の三冊の本をつないでエッセイを書く「DONDEN読み」に挑戦しました。


 

切断と再生のリミテッド・ループ

 人気男性のチンコはアイドルのライブチケットのようなターゲット。高価格で裏取引される。切断のツールは神秘ギロチン。形状は男性が日常で使う小便器だ。排泄の瞬間に斜め一直線の刃がチンコを切り取り、滴る血の描写が痛みを強調する。異性に夢中な女子高生たちが単体チンコを弄ぶ漫画『それはただの先輩のチンコ』。著者は崩壊する世界を舞台にした作品を好む1981年生まれの大厄・阿部洋一であり、本作は熱誠を込めた作品だ。

 回数制限のルールの下で切っても再生されるチンコのモデル交換が男女を時に狂わせる。女子たちは自身にない突起な《要素》、勃起な《機能》、想起な《属性》を持つチンコに《注意のカーソル》を向けて収集するのだ。まるでクワガタムシや蝶々を採集する子供のように。浮気嫌いの女性は「不浄なチンコを取り除くことによって身体は純潔になるのよ」と語り、彼氏のチンコを幾度も切って安心を得る。妹の女子高生も姉に倣ってチンコを所有するが、「チンコは”安心のエネルギー体”なんだ」と彼氏に言われる場面から、自己から喪われたモノの意義が分かる。
 男性を本体とチンコへと二分岐した場合、多数の女性がチンコなしの本体を選ばない。本体が事故で死に、チンコのみが生き残っても、それは名前の無いチンコ。名付けられているからこその「わたし」の一部なのだ。『それチン』を通じて、神秘ギロチンが男女の関係を再構築する世界があっても良いと願う。

 

ギロチンのルーツを求めて

 男性はチンコを失っても宦官のように生きていけるが、首を斬り取られると死ぬ。ギロチンの《アーキタイプ》を辿るとフランス革命の有名人シャルル─アンリ・サンソンとルイ16世に行きつく。国王を処刑した死刑執行人サンソンを調べ上げたのはフランス革命からナポレオン登場までの歴史の裏側を知る文学者・安達正勝。「暗殺の天使」と呼ばれたシャルロット・コルデ経由でサンソンに関心を持った。
 『死刑執行人サンソン』で描かれるサンソンはスマートで優しい男。武器(剣)と法律の知識を持ちつつ処刑の職務に加え、副業として医者にもなり、当時としては高潔な思想の持ち主だった。「進歩と人間解放の理念が世に浸透していけば、これまでさまざまな偏見に苦しめられてきた人々も救われるのではないだろうか」と語る。また例えば、死刑判決を受けたコルデと一緒に馬車に乗って刑場に向かう際、サンソンは彼女に対して優しい配慮をしていた。
 ギロチン刃の形状は初期設計では半円月だった。ルイ16世の助言で「斜め直線」に変更された逸話がある。自身の精密化学の知識がブーメランのように首元へと跳ね返り、歴史的な死刑が完遂した。神秘ギロチンなら、新しい頭部が生えてくるのかもしれないが、リアルの世界は残酷で恐怖ばかりが続く。救いとしては安らぎの世界へひとっ飛びできることだろう。

 

ルージュな宿縁を両断する

 世界には切っても斬っても離れることができない男女の悪縁がある。ギロチンに運命を引き裂く《機能》はまだない。姉弟主人公・芳子と周也の宿縁は二重螺旋のように絡み合い、不幸の連鎖から逃避できない場面が『雨心中』で展開される。女性心理を繊細かつ大胆に描く唯川恵の小説である。
 子供時代と違って、大人の姉弟はホド良い付き合いを意識する必要がある。血の繋がっていない姉弟ならなおさらだ。それぞれが恋人を作っても、別離できない運命のいたずらが何度も起こる。姉は弟を好きなのだが、弟がそれを望んでいないことを理解しているがゆえに、純粋に尽くすつもりの行動が事件のトリガーになる。2人に関わる優しき人々にも災厄が降りかかるのだ。アンダーグラウンドな営利団体の標的となり海の藻屑になったり、マインドコントロールと薬漬けにされた後に自殺する。恋人の自死に恨みを持った周也は団体幹部達の殺害に手を染める。物語終盤で殺人犯・周也は芳子に最後の
つもりの電話を行うが、執着する病に罹患したままの芳子は周也を追いかける。男女の仄暗い運命の鎖を解き放つためには、悪縁を轢断する《機能》を持った神秘ギロチンの開発が必要なのだ。

 ギロチンは現実と虚構の世界で活躍する。フランス革命での登場後、現代でも鉄スクラップを切断するためにギロチンシャーという機械が使われる。まだまだ現役のツールなのだ。工学的な実用では物質の切断のみが強調されるが、物足りない。『それチン』のように対象を二分岐しつつも再生する《機能》や『雨心中』に登場して欲しかった良縁を生むためのお祓い的ツールへ変貌させるシンボル化が必要ではないか。ギロチンの更なる進化を期待したい。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕
∈『それはただの先輩のチンコ』阿部洋一/太田出版
∈『死刑執行人サンソン―国王ルイ十六世の首を刎ねた男』安達正勝/集英社
∈『雨心中』唯川恵/集英社(集英社文庫)

 

⊕ 多読ジムSeason10・春 

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ

∈スタジオゆむかちゅん(渡會眞澄冊師)

 

参考資料

本文中の編集用語:《要素》…対象を構成する部品・パーツ・部分 《機能》…対象が提供する価値や効能 《属性》…対象の性能・性質・特徴 《注意のカーソル》…頭の中の意図の視線 《アーキタイプ》…私たちの意識や感情や記憶、あるいは文化そのものの奥にひそみ、私たちの思考や行動に影響を与えているモノ

 

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。