十二支でバレエ◢◤[遊姿綴箋] リレーコラム:原田淳子

2024/01/10(水)07:45
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▼十二支の動物たちでバレエを語ることはできるか? なんとかできるんじゃないの?  とゲーム感覚でトライしてみた。まず子(ネズミ)は、先月ご紹介した『くるみ割り人形』でクリア。17、8世紀、ネズミは子どもたちの身近な敵役だったのだろう。丑(ウシ)そのものが登場するバレエを思いつかないが、ウシの気配があるのは『ドン・キホーテ』や『カルメン』だ。スペインが舞台の作品なので、闘牛士が登場する。すると彼らの踊りは闘牛の所作を模したものになる。見えないけれど、そこには牛がいる。

 

▼寅(トラ)は、『ラ・バヤデール』に登場する。舞台は古代インド。戦士ソロルが寺院の舞姫と王の娘の間で義理と人情の板挟みになるというストーリー。戦士は虎を狩ってきて王に献上するというシーンがある。このバレエでは巳(ヘビ)も重大な働きをする。主役の舞姫は、王女に恋人を奪われた上、毒蛇に噛まれて死んでしまうのだ。さ、次は卯(ウサギ)。『不思議の国のアリス』は英国ロイヤル・バレエで制作された。男性ソリストによる真っ白なウサギが燕尾服とメガネをつけて登場する。

 

▼辰(龍)、これがなかなか難題だった。ファンタジックな作品が多いバレエなら何かあるだろうと思うのだが…、ない。しかし、あった! タイトルにあった! 『ドラゴンクエスト』。日本のスターダンサーズ・バレエ団のオリジナル作品で、1995年の初演以来、繰り返し上演されている。大人気RPG「ドラゴンクエスト」を原作とし、すぎやまこういち氏によるゲーム音楽の交響組曲バージョンを使用している。白の勇者は、黒の勇者にさらわれた王女を救いにゆく。賢者、仲間、魔王、そして白と黒の関係は実は…というところまで「スター・ウォーズ」っぽい英雄伝説だ。

 

▼午(ウマ)・未(ヒツジ)に行こう。英国の振付家デヴィッド・ビントレーの『ペンギン・カフェ』という、動物大行進のバレエがある。なかに「ユタのオオツノヒツジ」「ケープヤマシマウマ」が登場する。人間のダンサーがヒツジやシマウマのかぶり物をつけて、ペンギン・カフェ・オーケストラのミニマルミュージックにのって踊る、ちょっと変わったバレエだ。登場する動物たちは絶滅した、あるいはその瀬戸際に追いつめられているというシビアな問いかけを含んでいる。

 

▼おつぎは申(サル)。ボリショイバレエのレパートリー『ファラオの娘』に印象的な着ぐるみの猿がちらっと登場する。こちらはロマン主義文学者テオフィル・ゴーティエの「ミイラ物語」が原作である。タイトル編集が入ってよかった! 酉(トリ)は鶏なのか? 字典では「とり」としか書いていない。ここはバレエ・リュッスが生んだ『火の鳥』としよう。神秘的な火の鳥を女性ダンサーが演じる、ロシア的、祝祭的な作品だ。

 

▼戌(イヌ)、これも苦しいが、チェーホフの短編『犬を連れた奥さん』をマイヤ・プリセツカヤがバレエ化しており、一度テレビで見た記憶がある。プリセツカヤは1960~80年代バレリーナの代名詞だったような人だ。旧ソ連の大スターだったが、両親はスターリンの粛清にあい、自身にも監視がつくなど苦しい時代を生き抜いた。

 

▼亥(イノシシ)は、まずバレエに出てこなさそうな難物だ。歌舞伎にならでてくる…忠臣蔵の山崎街道の段…、え、といえばバレエ『ザ・カブキ』でいけるじゃん! たしかにイノシシが舞台を走っていった。日本びいきのベジャールが東京バレエ団のためにつくった『ザ・カブキ』は長大な忠臣蔵を2時間ほどに収めたが、因果が巡り次々と人が死ぬ山崎街道で、イノシシだけは命拾いをするのだった。バレエで十二支、なんとかできた! ワールドモデルの要素としてなくてはならない動物たちだ。

 

アイキャッチ画像:レオン・バクストによる「火の鳥」の衣裳デザイン

 

◢◤十二支バレー 演目一覧

子: 

『くるみ割り人形 午: ペンギン・カフェ
丑:

ドン・キホーテ

カルメン

未: ペンギン・カフェ
寅: ラ・バヤデール 申: ファラオの娘
卯: 不思議の国のアリス 酉: 火の鳥
辰: ドラゴンクエスト 戌: 犬を連れた奥さん
巳: ラ・バヤデール 亥: ザ・カブキ

 

 

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◢◤原田淳子の遊姿綴箋

 一年の終わりに『くるみ割り人形』が欠かせない理由(2023年12月)

 十二支でバレエ(2024年1月) (現在の記事)

 

◢◤遊刊エディスト新企画 リレーコラム「遊姿綴箋」とは?

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  • 原田淳子

    編集的先達:若桑みどり。姿勢が良すぎる、筋が通りすぎている破二代目学匠。優雅な音楽や舞台には恋慕を、高貴な文章や言葉に敬意を。かつて仕事で世にでる新刊すべてに目を通していた言語明晰な編集目利き。

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。