▼十二支の動物たちでバレエを語ることはできるか? なんとかできるんじゃないの? とゲーム感覚でトライしてみた。まず子(ネズミ)は、先月ご紹介した『くるみ割り人形』でクリア。17、8世紀、ネズミは子どもたちの身近な敵役だったのだろう。丑(ウシ)そのものが登場するバレエを思いつかないが、ウシの気配があるのは『ドン・キホーテ』や『カルメン』だ。スペインが舞台の作品なので、闘牛士が登場する。すると彼らの踊りは闘牛の所作を模したものになる。見えないけれど、そこには牛がいる。
▼寅(トラ)は、『ラ・バヤデール』に登場する。舞台は古代インド。戦士ソロルが寺院の舞姫と王の娘の間で義理と人情の板挟みになるというストーリー。戦士は虎を狩ってきて王に献上するというシーンがある。このバレエでは巳(ヘビ)も重大な働きをする。主役の舞姫は、王女に恋人を奪われた上、毒蛇に噛まれて死んでしまうのだ。さ、次は卯(ウサギ)。『不思議の国のアリス』は英国ロイヤル・バレエで制作された。男性ソリストによる真っ白なウサギが燕尾服とメガネをつけて登場する。
▼辰(龍)、これがなかなか難題だった。ファンタジックな作品が多いバレエなら何かあるだろうと思うのだが…、ない。しかし、あった! タイトルにあった! 『ドラゴンクエスト』。日本のスターダンサーズ・バレエ団のオリジナル作品で、1995年の初演以来、繰り返し上演されている。大人気RPG「ドラゴンクエスト」を原作とし、すぎやまこういち氏によるゲーム音楽の交響組曲バージョンを使用している。白の勇者は、黒の勇者にさらわれた王女を救いにゆく。賢者、仲間、魔王、そして白と黒の関係は実は…というところまで「スター・ウォーズ」っぽい英雄伝説だ。
▼午(ウマ)・未(ヒツジ)に行こう。英国の振付家デヴィッド・ビントレーの『ペンギン・カフェ』という、動物大行進のバレエがある。なかに「ユタのオオツノヒツジ」「ケープヤマシマウマ」が登場する。人間のダンサーがヒツジやシマウマのかぶり物をつけて、ペンギン・カフェ・オーケストラのミニマルミュージックにのって踊る、ちょっと変わったバレエだ。登場する動物たちは絶滅した、あるいはその瀬戸際に追いつめられているというシビアな問いかけを含んでいる。
▼おつぎは申(サル)。ボリショイバレエのレパートリー『ファラオの娘』に印象的な着ぐるみの猿がちらっと登場する。こちらはロマン主義文学者テオフィル・ゴーティエの「ミイラ物語」が原作である。タイトル編集が入ってよかった! 酉(トリ)は鶏なのか? 字典では「とり」としか書いていない。ここはバレエ・リュッスが生んだ『火の鳥』としよう。神秘的な火の鳥を女性ダンサーが演じる、ロシア的、祝祭的な作品だ。
▼戌(イヌ)、これも苦しいが、チェーホフの短編『犬を連れた奥さん』をマイヤ・プリセツカヤがバレエ化しており、一度テレビで見た記憶がある。プリセツカヤは1960~80年代バレリーナの代名詞だったような人だ。旧ソ連の大スターだったが、両親はスターリンの粛清にあい、自身にも監視がつくなど苦しい時代を生き抜いた。
▼亥(イノシシ)は、まずバレエに出てこなさそうな難物だ。歌舞伎にならでてくる…忠臣蔵の山崎街道の段…、え、といえばバレエ『ザ・カブキ』でいけるじゃん! たしかにイノシシが舞台を走っていった。日本びいきのベジャールが東京バレエ団のためにつくった『ザ・カブキ』は長大な忠臣蔵を2時間ほどに収めたが、因果が巡り次々と人が死ぬ山崎街道で、イノシシだけは命拾いをするのだった。バレエで十二支、なんとかできた! ワールドモデルの要素としてなくてはならない動物たちだ。
アイキャッチ画像:レオン・バクストによる「火の鳥」の衣裳デザイン
◢◤十二支バレー 演目一覧
子: |
『くるみ割り人形』 | 午: | 『ペンギン・カフェ』 |
丑: |
『ドン・キホーテ』 『カルメン』 |
未: | 『ペンギン・カフェ』 |
寅: | 『ラ・バヤデール』 | 申: | 『ファラオの娘』 |
卯: | 『不思議の国のアリス』 | 酉: | 『火の鳥』 |
辰: | 『ドラゴンクエスト』 | 戌: | 『犬を連れた奥さん』 |
巳: | 『ラ・バヤデール』 | 亥: | 『ザ・カブキ』 |
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◢◤原田淳子の遊姿綴箋
十二支でバレエ(2024年1月) (現在の記事)
◢◤遊刊エディスト新企画 リレーコラム「遊姿綴箋」とは?
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原田淳子
編集的先達:若桑みどり。姿勢が良すぎる、筋が通りすぎている破二代目学匠。優雅な音楽や舞台には恋慕を、高貴な文章や言葉に敬意を。かつて仕事で世にでる新刊すべてに目を通していた言語明晰な編集目利き。
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