39[花] 入伝式「口伝で学(まね)ぶ」

2023/05/25(木)10:16
img POSTedit

 京都祇園の黒七味といえば、元禄の頃より一子相伝で守り伝えられてきた秘伝のスパイスだ。ここのカレーライスがまた絶品で、シビレる辛さが病みつきになる。お店のウェブサイトによれば、原料の持つ油分を挽き出し、丁寧に揉みこむことで原料同士が調和し、独特の濃い茶色になるのだという。混ぜ合わせてつくる七味とは製法からして異なるらしい。秘伝は「口伝」とも呼ばれる。往々にして口頭で伝えられてきたからだ。日本では秘伝や口伝がとくに大事にされてきた。イシス編集学校の師範代養成講座である花伝所も、また口伝である。


 今期花伝所の入伝式が本楼で行われた。4部構成のプログラムの最後は、花傳式部の深谷もと佳のインストラクションによる「別紙口伝」である。『風姿花伝』(花伝書)に肖った花伝所のクライマックスはやはり「別紙口伝」なのだ。

 「口伝ってなんだろう?」白い衣装を纏った深谷が口火を切ると、本楼の後方からスッと手が上がった。入伝生Hが「声と文字の違いですよね」と応じる。「そう、だから口伝にはボディが必要。師と弟子が身体を使って受け渡していくものだから、リアルでライブなのだ」と深谷は続ける。

 「では、師範代の”代”とは?」と問いを重ねる深谷に入伝生Tの手があがる。「自分ではないだれかをブラウザーにして、自分の代わりにしていくことでしょうか」確かにひとつの見方に拘りすぎて別の視点を持てなくなる場面はよく目にする。自分の意見を持つように、と学校で教えられてきたこともあるだろう。「確かにそこにあるはずのもの、イシツをインタースコアしたいのに、自分が顔を出す」と入伝生Iが自由になれない苦しさを吐露すると、すかさず深谷が「なにかが自分の代わりになると自由になれるの?」と踏み込む。会場は徐々に熱を帯びてくる。カツカツと深谷が板書する白墨の音が響く。

 

 花伝所で入伝生たちが手に入れようとしているのは、編集工学で「編集的自己」と呼ぶものだ。「じゃ、編集的自己じゃない”自己”とは?」さらに深谷の問いが追いかける。「編集的じゃないときは排他的だ」と入伝生Oが発言すると、「わたし、という主語が動かせないから、述語が見えなくなる」と別の声が重なる。入伝生Aは「環境と自分とのアイダを断ち切ってしまうと編集的自己になれない」と自分の外側に意識を向ける見方を示した。

 深谷は編集的自己に対する「実」を、感染症に準えて免疫的自己と表現した。想定外のことを言われたらどうしよう、と守りに入ってしまう構えが免疫反応的な「実」だとすれば、対する編集的自己は「虚」である、と。虚と実は二項対立ではなく、つねに移ろっている。互いに出入りし、行き来するものだ。「代」になるとは、その関係を引き受けることにほかならない。「たくさんのわたし」を持ち出して、述語的になっていくプロセスなのだ。

 

 花伝所には「式目」と名付けられたリテラルに結晶化されたテキストがある。しかし、それだけで「代」になる方法を学ぶことはできない。深谷は講義の冒頭で「モデル交換がヒツゼツなのだ」と声を強めた。松岡正剛校長も『知の編集工学』(朝日文庫)で「コミュニケーションはエディティング・モデルの交換である」と繰り返し述べている。インタラクティブで濃密な80分間は、まさにエディティング・モデルの交換の場だった。このエディティング・モデルの交換という奥義こそ、花伝所における口伝だろう。この先の、わずか7週間で、入伝生たちは口伝の奥義を身体に通し、おもいおもいの衣装を纏った師範代へと着替えていく。編集的自由を手にいれるための旅立ちである。

 

【参考記事】

花伝式部抄::第2段::「エディティング・モデル」考

 

文 山本ユキ

アイキャッチ写真 後藤由加里

 

【第39期[ISIS花伝所]関連記事】

39[花] 入伝式「物学条々」-世界に向かうカマエをつくる

師範代にすることに責任を持ちたい:麻人の意気込み【39[花]入伝式】
◎速報◎マスクをはずして「式部」をまとう【39[花]入伝式・深谷もと佳メッセージ】
◎速報◎日本イシス化計画へ花咲かす【39[花]入伝式・田中所長メッセージ】
ステージングを駆け抜けろ!キワで交わる、律動の39[花]ガイダンス。

  • イシス編集学校 [花伝]チーム

    編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。

  • 発掘!「アナロジー」――当期師範の過去記事レビュー#06

    3000を超える記事の中から、イシス編集学校の目利きである当期の師範が「宝物」を発掘し、みなさんにお届けする過去記事レビュー。今回は、編集学校の根幹をなす方法「アナロジー」で発掘! この秋[離]に進む、4人の花伝錬成師 […]

  • 恋した修行僧――花伝所・師範インタビュー

    纏うものが変われば、見るものも変わる。師範を纏うと、何がみえるのか。43[花]で今期初めて師範をつとめた、錬成師範・新坂彩子の編集道を、37[花]同期でもある錬成師範・中村裕美が探る。   ――なぜイシス編集学 […]

  • 炙られて敲かれた回答は香ばしい【89感門】

    おにぎりも、お茶漬けも、たらこスパゲッティーも、海苔を添えると美味しくなる。焼き海苔なら色鮮やかにして香りがたつ。感門表授与での師範代メッセージで、55[守]ヤキノリ微塵教室の辻志穂師範代は、卒門を越えた学衆たちにこう問 […]

  • しっかりどっぷり浸かりたい【89感門】

    ここはやっぱり自分の原点のひとつだな。  2024年の秋、イシス編集学校25周年の感門之盟を言祝ぐ「番期同門祭」で司会を務めた久野美奈子は、改めて、そのことを反芻していた。編集の仲間たちとの再会が、編集学校が自分の核で […]

  • ノリエ飛びこむ水の音【89感門】

    「物語を書きたくて入ったんじゃない……」  52[破]の物語編集術では、霧の中でもがきつづけた彼女。だが、困難な時ほど、めっぽう強い。不足を編集エンジンにできるからだ。彼女の名前は、55[守]カエル・スイッチ教室師範代、 […]

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。