元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた #04――のんびり

2024/12/17(火)08:30
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 [守]の教室から聞こえてくる「」がある。家庭の中には稽古から漏れ出してくる「」がある。微かな声と音に耳を澄ませるのは、今秋開講したイシス編集学校の基本コース[守]に、10代の息子を送り込んだ「元・師範代の母」だ。

 わが子は何かを見つけるだろうか。それよりついて行けるだろうか。母と同じように楽しんでくれるだろうか。不安と期待を両手いっぱいに抱えながら、わが子とわが子の背中越しに見える稽古模様を綴る新連載、題して【元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた】

 さて今回はどんなオノマトペが発見できたのだろうか。第4回は番選ボードレールの渦中の様子をお届けする。

 


 

【のんびり】

気持ちがのどかで、急いだり慌てたりすることなく、くつろぐようす。

『「言いたいこと」から引けるオノマトペ辞典』(西谷裕子/東京堂出版)

 

 11月下旬、54[守]では、番選ボードレールが始まった。略して番ボー。回答を作品として磨きエントリーする全校アワードだ。ちょっとしたお祭りムードも漂い、教室はいつも以上に賑やかになることが多い。元・師範代の母は学衆時代も師範代時代も、ひときわ熱をあげて取り組んだお題である。もちろん、長男にもこの楽しさを味わってもらいたい。

 

 対象お題は、【013番:合金と合コン】だ。【三間連結】【三位一体】と並ぶ編集思考素の一つで、【一種合成】という編集の型を稽古する。世の中にある【一種合成】には、コンピューターと電話を組み合わせたスマホなどがある。元の情報2つをただ足しただけでない、意味やイメージを拡張させる編集の型である。これを、漢字で行うのだ。ある漢字に別な漢字を足して新しい熟語(既存にはない熟語)を生み出して、その読み方を考えるというものだ。例えば、母の学衆時代の回答でいえば、こんな感じに。羽+蕾=羽蕾(玉響)。「羽」がお題となる漢字で、( )の中が読み方である。

 

 お題となる漢字は毎期更新される。54[守]の漢字は何だろう? と覗き見ようとするが、いつものように高速スクロールに阻まれた。悔しいので、「013番は、毎日再回答」と声をかける。母のその言葉を受けてか受けずか、長男は教室仲間の「再回答」のタイトルに【注意のカーソル】をあてた。

 

「え、これ誤字ってるじゃん」

「ふふん、再回答の再は、ただの再じゃないんだよ。祭でもあるし、彩でもあるんだよ。さぁて、他にどんなサイがあるかな」

「えー、これどうすればいいの?」

 

 母の煽りを秒殺スルーし、再回答の方法を聞いてくる長男に対し「もらった指南にリターンする形で投稿すればいいよ」と優しくナビをする。そして、『白川静の常用字解』を手渡した。

 

「何これ、辞書? 辞書なんてネットで調べられるでしょ」

「これは、ネットにはない辞書! 紙の辞書にしか載っていない意味があるんだよっ!」

 

 強引に押し付けた『常用字解』は、30分後には机の下に転がっていた。ムキになりそうな母の思いはしまって、寝ても覚めても漢字のことでいっぱいになって苦しめと、呪いをかける。

 

 番ボーは楽しい。しかし、無理強いはできない。適度に距離をとり見守ることにしたある日、母が仕事から家へ帰ると、例のごとくかちゃかちゃと音がする。今日は…ネットゲームか? でも、ネットゲームの時に聞こえる奇声がない。いつものようにのんびりだらりと過ごしているだろう長男へ、風呂には入ったのかとたずねると「いや、まだ。ちょっと、これまで…」と返ってくる。様子が変だと部屋をのぞいた母は、自分の目を疑った。そこには、013番の再回答のためにキーボードを叩いている長男の姿があったのだ。もう、一気にるんるんとなるが、冷静に声をかける。

 

「今日は何を考えたん?」

「灯かな。『灯』という漢字に『微』を足して、ほの暗い」

「おお、いいねぇ。ん? でも、微と仄暗いの仄かって意味が近くないか?」

「えー、いいじゃん別に」

 

 でた! 「いいじゃん別に」。

 伝え方を誤ると「なんで人が考えたものに文句言う!」といった反応をする中学生が実に多い。ここは、自宅。番ボー師範代モードで伝えてはいけない。

 

「いいからこそだよ。伝えたいイメージにもっと近い別の言い方ってない?」

「あー、夜明けとか?」

「そうそう! そんな感じ。情景浮かぶよね」

「ああー」

 

 母はここぞとばかりに『角川類語新辞典』を手渡した。

 

「夜明けっていう読み方を考えたら、もっとピッタリくる読み方に言い換えていくのもいいね。このページが夜明けの類語っていうもの」

「ふーん」

 

 のれんに腕押し。A5判の黄色い本を彼の目の前に置き、母はその場を後にした。30分後、黄色い本が床に転がっていたのは、いうまでもない。しかし、この転がり方は、寝っ転がってリラックスしながら読んでいたに違いない。可能性が広がる方へ解釈をしてみた。母が学衆の時と比べて、のんびりモードはいなめない長男である。

 番ボーエントリーの土曜日、長男は朝から部活動であった。夕方に帰ってきてからも恒例のYouTube視聴で時は流れてゆく。まさかエントリーを忘れているってことはないよね?

 

「エントリー、済ませた?」

「?」

 これは、理解していないな。

「えっと、教室にエントリースレッドが立ち上がっているはずだよ。そこに、22時までに自分で作品を選んで投稿するの」

「え、これ? ああ」

 

 甘やかしすぎたのかもしれない……。もう、なんか、おちょくりたくなって、甘えん坊やに話しかけるように「お母さんも一緒に選ぶ?」と聞いてみた。「うん」というので、たわけっと突き放す。

 

 夕食後、エントリーまであと2時間だねと話すと、「うん、だから選んでくる」と素直にパソコンへ向かった。あとは、自分で決める時間だ。チラッと見えた回答には彼の大好きな宇宙が散りばめられていた。自分の数寄と編集稽古をつなぐことができただろうか。

(文)元・師範代の母

 

◇元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた◇

#01――かちゃかちゃ

#02――ちくたく

#03――さくっ

#04――のんびり

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。