ほんとうは二つにしか分かれていない体が三つに分かれているように見え、ほんとうは四対もある脚が三対しかないように見えるアリグモ。北斎に相似して、虫たちのモドキカタは唯一無二のオリジナリティに溢れている。
今年の8月2日、調布の桐朋小学校の校舎で「全国作文教育研究大会」のための講演をおこないました。イシス編集学校のパンフレットも配布し、当日はスタッフも来てくれました。
演題は「書くこと読むことの自由を妨げない指南とは」です。これは、この研究会の皆さんの問題意識から決めた題名でした。つまり、作文教育をしている先生がたは、どのようにすれば「書くこと読むことの自由を妨げない」で、指導をできるのか悩んでおられたのです。これはイシス編集学校にとっても、大事なテーマでした。そこで、次のような構成にしました。
1、自由には2種類ある。「編集的自由」と「自己決定の自由」
2、読んでいる時、私たちの脳がしているのは「相互編集」
3、書いている時、私たちの脳がしているのは「問感応答返」
4、創造における「型」と自由の関係
5、添削をやめて「指南」をするにはどうしたらよいか
最初に、認識を共有してもらうために、松岡校長の「すでに投げ出された存在」についてお話ししました。「私たちは、そして、それらは、すでに名前がついている」「私たち(それら)は、すでに記述された中にある」「私たち(それら)は、すでに組織化されている」「私たち(それら)は、とっくに何かと関係づけられている」「私たち(それら)は、もともと制限をうけている」です。この前提があって初めて、「自己編集」と「相互編集」を始められ、そこに「編集的自由」が生まれることを、分かっていただきたかったからです。
次に、「読む」ことと「書くこと」は重なっていることを、ロラン・バルトの次の言葉を使ってお話ししました。
「書き得るテキスト」は物ではない。本屋ではまずみつからないだろう。
「書き得るテキスト」とは永遠の現在である。網目が多様で、いかなる網も他の網の上に立つことがなく、互いの間でたわむれる。
この「書き得るテキスト」とは、読んでいる私たちの頭の中に想起する言葉のことです。 言葉の奥に入っていく私たちの脳の働きを、意味しているのです。読み手は書いた「作者の意図」を超えて自在に物語を読むものです。テキスト(本)は発信者ではなく、「読む」とは受信することではありません。「読む」とは、言葉の中に自分の居場所を見つけ、そこに入り込み、多様な人と出会うことなのです。本と読み手とは相互編集をしているわけです。そこから考えて、「作者の意図を要約しなさい」という指示は正しいでしょうか? 試験にはこの手の問題が溢れていますね。しかし問うのであれば、「あなたはこの文章をどう読みましたか」であり、もっとふさわしいのは「あなたの中に何が起こりましたか?」でしょう。
他方「書く」とは、自ら問いを立て、そこに感応し、その問いに答えることです。そこで書いたものに対する「指南」は、正解に導くためのものではなく、どういう問いを立てたのかを含めて、そのプロセスを共有することでしょう。これらの話を、皆さんはご自身の体験も含めて、とてもよく理解してくださいました。
私はこのように、私自身へ依頼が来た講演の中で、イシス編集学校の型や方法や考え方を話すようにしています。これからの時代に、ますます重要になっていることだからです。
田中優子の学長通信
No.11 読むことと書くこと(2025/10/01)
No.10 指南を終えて(2025/09/01)
No.09 松岡正剛校長の一周忌に寄せて(2025/08/12)
No.08 稽古とは(2025/08/01)
No.07 問→感→応→答→返・その2(2025/07/01)
No.06 問→感→応→答→返・その1(2025/06/01)
No.05 「編集」をもっと外へ(2025/05/01)
No.04 相互編集の必要性(2025/04/01)
No.03 イシス編集学校の活気(2025/03/01)
No.02 花伝敢談儀と新たな出発(2025/02/01)
No.01 新年のご挨拶(2025/01/01)
アイキャッチデザイン:穂積晴明
写真:後藤由加里
田中優子
イシス編集学校学長
法政大学社会学部教授、学部長、法政大学総長を歴任。『江戸の想像力』(ちくま文庫)、『江戸百夢』(朝日新聞社、ちくま文庫)、松岡正剛との共著『日本問答』『江戸問答』など著書多数。2024年秋『昭和問答』が刊行予定。松岡正剛と35年来の交流があり、自らイシス編集学校の[守][破][離][ISIS花伝所]を修了。 [AIDA]ボードメンバー。2024年からISIS co-missionに就任。
先月は『不確かな時代の「編集稽古」入門』の刊行予告をしました。無事刊行されました。刊行後にもっと詳しく書く、と約束したのですが、その前にぜひ書いておきたい出来事が起こってしまったので、今月はそちらです。 […]
【田中優子の学長通信】No.12 『不確かな時代の「編集稽古」入門』予告
この表題は、もうじき刊行される本の題名です。この本には、25名もの「もと学衆さん」や師範代経験者たちが登場します。それだけの人たちに協力していただいてできた本です。もちろん、イシス編集学校のスタッフたちにも読んでもらい […]
[守][破][離][花伝所]を終え、その間に[風韻講座]や[多読ジム]や[物語講座]を経験しながら、この春夏はついに、師範代になりました。 指南とは何か、指導や教育や添削とどこが違うかは、[花伝所]で身 […]
【田中優子の学長通信】No.09 松岡正剛校長の一周忌に寄せて
8月12日の一周忌が、もうやってきました。 ついこの間まで、ブビンガ製長机の一番奥に座っていらした。その定位置に、まだまなざしが動いてしまいます。書斎にも、空気が濃厚に残っています。本楼の入り口にしつらえられた壇でお […]
イシス編集学校「多読アレゴリア」で私が宗風をつとめる「EDO風狂連」は、時々外に出て遊山をしたり、催し物を仕掛けたりと、普段と違うことをおこないます。それを「遊山表象」と呼んでいます。7月20日、夏の遊山表象「江戸の音 […]
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2025-12-30
ほんとうは二つにしか分かれていない体が三つに分かれているように見え、ほんとうは四対もある脚が三対しかないように見えるアリグモ。北斎に相似して、虫たちのモドキカタは唯一無二のオリジナリティに溢れている。
2025-12-25
外国語から日本語への「翻訳」もあれば、小説からマンガへの「翻案」もある。翻案とはこうやるのだ!というお手本のような作品が川勝徳重『瘦我慢の説』。
藤枝静男のマイナー小説を見事にマンガ化。オードリー・ヘプバーンみたいなヒロインがいい。
2025-12-23
3Dアートで二重になった翅を描き出しているオオトモエは、どんな他者に、何を伝えようとしているのだろう。ロジカルに考えてもちっともわからないので、イシスなみなさま、柔らか発想で謎を解きほぐしてください。