数寄のない人生などつまらない。その対象が何であれ、数寄を愛でる、語るという行為は、周囲を巻き込んでいく――。
52期[守]師範が、「数寄を好きに語る」エッセイシリーズ。ライターでもある角山祥道師範は、「旧友」たちを引っ張り出して来て愛を語る。
思い立って数えてみたら69あった。
レキシコグラファー(辞典編集者)に魅了されてきた松岡校長に対抗するわけじゃないけれど、気づくとわが家の書架に事・辞典が目立ち始めていて、ざっと数えてみたら69冊あった。ついで多いのが「図鑑」「全書」「~史」「~集」「百科」と名の付く本で、これはどう考えてもモーラ(網羅)の妖怪に取り憑かれている。
とはいえ、「事・辞典が好きなんだ!」と語っても「で?」と返されるだけだし、『ムー謎シリーズ 大予言事典』(学研・1997年)や『ドラえもん最新ひみつ道具大事典』(小学館・2008年)を所有していても自慢にならない。『性語辞典』(河出書房新社・1998年)で「御祭礼」も「木魚」も「味噌汁」も「コーヒー」も隠語であることを知ったけれど、披露する場はないし、『いろごと辞典』(角川ソフィア文庫・2018年)と比較したとしても耳を傾けてくれる人はいない。
家人からの圧とスペースの諸事情で、定期的に本を処分するのだけれど、モーラ本は辛くも難を逃れ、旧友のような存在になっている(埃もかぶっている)。
虫干しよろしく、わが友を何人か紹介しよう。
■この世は死語だらけ?――岡山益朗編『消えた日本語辞典』(東京堂出版・1993年)
古い付き合い。時々刻々新しい言葉が生まれる反面、生まれた言葉は必ず死んで行く。こう言われたら、供養するしかない。これはいわば言葉の墓標なのだ。本書によれば、「合点」も「訝る」も「金輪際」も「体たらく」も死んだ言葉で、「そりゃないよ」と思いつつ、たまにこうした言葉を用いては、ゾンビのように復活しないものかしらんと夢想する。
■名付け親は誰だ!?――杉村喜光編著『異名・ニックネーム辞典』(三省堂・2017年)
辞書の三省堂がこんな本を出すのかと感動した記憶が蘇る。【のん】が立項されていて、彼女のニックネームが【れなつん】であることを知ったからといって腹は満たされないが、レキシコグラファーの労力を想像して、胸がいっぱいになる。異名には必ず「名付け親」がいるわけで、その名をどうやって生み出したのかをリバースエンジニアリングするのも楽しい。
■読んで味わう事典――中山圭子『事典 和菓子の世界 増補改訂版』(岩波書店・2018年)
カラー写真・イラストが付いているのもいいし、和菓子限定というのもいい。しかも「事典」を名乗りながら、エッセイ調というのもまたいい。【金平糖】の項。《子どもの頃、この名から連想されるのはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」にある「金平糖の精の踊り」だった》。ちゃんとルイス・フロイスが織田信長に献上したことも書かれていて隙がない。
他にも『関西ことば辞典』(ミネルヴァ書房・2018年)や『日本史人物〈あの時、何歳?〉辞典』(吉川弘文館・2022年)、『事典 日本の年号』(吉川弘文館・2019年)や『方位読み解き事典』(柏書房・2001年)など、紹介したい友人は列をなしているが、このへんでやめておこう。
以前、『日本国語大辞典』の編集委員・松井栄一さんに話を伺ったことがある。松井さんは意識的にマクドナルドにいっては、隣席の女子高生の会話に耳をそばだてていたという。新しい言葉を立項するためだ。古書を収集するのも新刊を手に取るのも、新聞や雑誌を読むのも、松井さんにとっては言葉をモーラするため。目や耳から入る言葉のすべてが、レキシコグラフィの使命に繋がっていた。
集め尽くす。そして、分けて並べ直す。そうか、この編集的執念に魅了されていたのか。
角山祥道
編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中(左のQRコードからどうぞ)
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