【工作舎×多読ジム】ムシ語りに無我夢虫!(小路千広)

2022/10/26(水)08:00
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多読ジム出版社コラボ企画第二弾は工作舎! お題本はメーテルリンク『ガラス蜘蛛』、福井栄一『蟲虫双紙』、桃山鈴子『わたしはイモムシ』。佐藤裕子、高宮光江、中原洋子、畑本浩伸、佐藤健太郎、浦澤美穂、大沼友紀、小路千広、松井路代が、お題本をキーブックに、三冊の本をつないでエッセイを書く「三冊筋プレス」に挑戦する。優秀賞の賞品『遊1001 相似律』はいったい誰が手にするのか…。

 

SUMMARY


 昔の日本人は、バッタやチョウなどの昆虫だけでなく、ミミズやカエル、トカゲもみんなムシと呼んでいた。そんなムシにまつわる珍談奇話を古典から採集し、脚の数で無脚、四脚、六脚、多脚と分類。ムシの生態や名前の由来、ことわざなどの覚書をリミックス編集したのが『蟲虫双紙』だ。元来「蟲」は小さなムシ、「虫」はマムシの意味をもつ。おかしくてあやしくて不思議なムシ語りは、絵双紙のように目でも楽しめる読物となっている。現代の虫愛づる姫君、漫画家のヤマザキマリさんや美学者の伊藤亜紗先生もきっと夢中になるにちがいない。
 かつての昆虫少年たちが描く虫ワールドも見逃せない。昆虫漫画11篇を収蔵した『手塚治虫の昆虫博覧会』と、アメリカの昆虫学者が綴った自然エッセイ『虫の惑星』。科学と博物学のエッセンスを織りこんで、読ませるファンタジーに仕立てた二冊だ。あなたもきっと地上でたくましく生きる小さな生命に胸躍らせるにちがいない。


 

◇転生や化生とはムシがいい

 松、鈴、轡の絵に虫の字を組み合わせた絵文字の看板、棚には扇型や舟型などさまざまな虫かごが並んでいる。カバー折り返しの説明には、大正時代に刷られた虫売りの木版絵葉書とある。江戸時代、縁日の屋台で虫を売る商いが始まり、昭和初期まで続いていた。人々が暮らしのなかで虫の声や姿を愛でていた様子が目に浮かぶ。
 『蟲虫双紙』はそうした日本人の虫に対する見方、いわば虫観のようなものが観察できる。古代から近代までの古典文献から虫にまつわる物語や言い伝えを選んで再編集したアンソロジーだ。江戸の本草学者・中村惕斎が著した日本初の百科事典『訓蒙図彙』の図説や葛飾北斎、歌川豊国、喜多川歌麿の浮世絵、説話集の挿絵など、絵双紙のような仕立てで目で読む本としても楽しめる。一冊で何度もおいしい、おまけ付きグリコのように滋養あふれる本なのである。
 そもそも日本人は小さいものが好きだ。地球上の生きもののなかでも小さい部類の虫はその典型といえる。柳田国男が『桃太郎の誕生』で指摘した昔ばなしの「小さ子」に通じる嗜好がある。小さいものは、弱いけれど強い。はかないけれどしぶとい。時には巨大な怪物に変化して大暴れする。そういうフラジャイルでアンビバレントな二面性をもっている虫たちに愛着がわくのかもしれない。この本には予測不可能な行動をする虫が登場する。
 侍に柱の割れ目に閉じ込められた虱が数年後に復讐する話、天敵の蛇には目もくれず合戦をしつづける蛙の話、蜘蛛の巣にかかったところを助けてもらった恩返しに戦いの助っ人となる蜂の話など、小さくても強い生命力をもつ虫の活躍に驚愕する。寓話的な物語に惹かれる一方で、城守に化けた寸白(真田虫)や琵琶法師に姿を変えて人を襲う土蜘蛛など、あやかしやもののけと呼ばれるあやしくも悲しげな虫には、ちょっぴり同情したくなる。
 編著者の福井栄一は、上方文化評論家という肩書で、関西をルーツとする芸能や歴史文化に関する評論や執筆活動を行っている。上方舞にほれ込み、銀行員から転身したというだけあって、アカデミックな教訓ぽさがない。身体的感覚的に文化を理解し、真面目に面白く虫たちがくりひろげる世界を伝えようとしているところがいい。詳細を語らず、余白の多い文章。連想を増幅させてくれるのが絵師たちの絵だ。『蟲虫双紙』を手に古くからの虫と人の関係に想像を膨らませてみたい。

 

◇無心有心で描いた昆虫漫画

 手塚治虫は虫の世界を通して見た生命観を漫画で表現した。少年時代に昆虫採集に夢中になり、旧制中学に入ると昆虫同好会をつくって昆虫に関する手作り本の編集に熱中した。友だちからはてっきり昆虫学者になると思われていた。ペンネームの「治虫」はオサムシにかけて、本名の治に虫をつけた名前にしたという逸話は有名だ。生涯に残した700作品のうち、昆虫が登場する漫画は約180。『手塚治虫の昆虫博覧会 増補新版』には、昆虫を主役級とする11本が収蔵されている。
 手塚の昆虫漫画は子供向けに昆虫を擬人化したものが多いが、大人が読んでも学びがあって楽しい。たとえば「くろちょろのぼうけん」はアリを主人公に、アリジゴクやセミの生態、食虫植物などとの関係が冒険譚として描かれている。日本人の虫観を下地にしつつ、生命科学を漫画にした先鞭といえるのではないだろうか。
 虫博士ならではの知識が結晶した作品に「インセクター 蝶道は死のにおい」がある。インカの末裔らしき昆虫学者がアマゾンの毒蝶を使ってスペインへの復讐をたくらみ、主人公の採集家と対決するミステリー。蝶の通る道に事件が起こり、擬態がトリックになっていて、結末のフセとアケに思わず息をのむ。歴史と生態学と昆虫ビジネスが交錯する、スリリングな手塚の虫ワールドが堪能できる短編だ。

 

◇2億5千万年以上生きた秘密

 アメリカの昆虫学者ハワード・E・エヴァンズは、ベランダから見える昆虫の世界を科学読物にして世に問うた。『虫の惑星』は、「講義のような先生口調」をできるだけ避けて、人類が地球に出現するはるか昔から昆虫がどうやって子孫を残し生きのびてきたのかを、豊富な研究情報をもとに解き明かしていく。
 危機管理の達人ゴキブリ、音楽家コオロギ、光の通信士ホタル、色彩の魔術師チョウ、空飛ぶならず者ハエなど。昆虫を擬人化し愉快なメタファーを使った表現に思わずうなったり笑ったりしてしまう。それぞれの虫がもつ特質を知り、人間世界に見立てたアナロジカルな表現力の賜物だ。
 エヴァンズはコネチカット州のタバコ農場で育ち、昆虫や自然に親しんだ。手塚治虫に引けを取らない昆虫少年だったのだろう。大学で昆虫学を学び、第二次大戦中は寄生虫の研究に携わる。ハーバード大学比較動物学博物館で学芸員をつとめた経験が、読ませる昆虫本を書く動機づけになったのかもしれない。
 昆虫初心者には図解に添えた説明がうれしい。昆虫の「翅は鳥やコウモリのように肢の変形ではなく、背面から生じたまったく新しい構造で、これと同じものは天使にしかない」。昆虫を天使に見立てるなんて、脱帽です。1968年の刊行から半世紀余り。研究は進んでいるけれど、その語り口を超える昆虫本はまだ少ないようだ。
 
 三冊に共通するのは虫への好奇心と探究心、そして何よりも虫たちがつくる既知と未知の世界を伝えようとする表現方法への執着だ。虫すだく秋、著者の方法に肖って身近な生命を観察したい。

 

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕

∈『蟲虫双紙』福井栄一/工作舎
∈『手塚治虫の昆虫博覧会 増補新版』手塚治虫/いそっぷ社
∈『虫の惑星』ハワード・E・エヴァンズ/ハヤカワ・ノンフィクション文庫

 

⊕多読ジムSeason11・夏

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオみみっく(畑本浩伸冊師)

  • 小路千広

    編集的先達:柿本人麻呂。自らを「言葉の脚を綺麗にみせるパンスト」だと語るプロのライター&エディター。切れ味の鋭い指南で、文章の論理破綻を見抜く。1日6000歩のウォーキングでの情報ハンティングが趣味。