♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

8月12日の一周忌が、もうやってきました。
ついこの間まで、ブビンガ製長机の一番奥に座っていらした。その定位置に、まだまなざしが動いてしまいます。書斎にも、空気が濃厚に残っています。本楼の入り口にしつらえられた壇でお線香に火をつけることでようやく再会できるのが、とても不思議です。でも、そこに行けばいつもこちらを向いていてくれることに、ほっとします。
この一年はとても慌ただしい日々で、あっという間に過ぎてしまいました。『昭和問答』の自筆のあとがきは、ひとめ見たきりそれ以上見ることに耐えられず、引き出しの奥にしまいこみました。当初は、前に進もうと思っても、黒々とした重いものに後ろから引っ張られ、あるいは地の底に引き込まれるようでした。何か大事なもの、重大なものを後ろに置いて来てしまった。そういう思いでした。
その中で海外の学会出張、イシスの学長就任、新聞や雑誌の追悼文執筆やインタビューへの対応、関口宏さんとの歴史番組の実施などを、とにかく一歩一歩進めていったのです。やがて[ISIS花伝所]が始まり、師範代にもなり、学長としての仕事をこなすなかでイシス編集学校についての本を執筆し続け、つい最近、その執筆を終えました。自分自身の講演を、編集学校の方法と松岡校長の言葉を組み入れて相互編集し、多くの方に伝える方法も編み出しました。
その全てについて、イシス編集学校と編工研のスタッフや師範、師範代、その他の関係者の方々のお力を借りながらでしたので、私はいつの間にか皆さんと「ともに」松岡正剛校長の方法を受け継ぎ、次の代に受け渡し、外の方に知らせるという、その軌道に乗ることができました。皆さんに感謝しています。
私自身が、いつまで動くことができるかわかりません。今はただ次の世代の人々に渡すこと、今まで編工研もイシス編集学校も知らなかった世間の人々に、この価値を知らせることに、力を尽くすだけです。
イシス編集学校は「方法」の学校です。何かや誰かを信じたり依存したり「推し」で済ませたりする場所ではありません。一人一人が多くの本に向き合い、編集能力を解き放ち、問いを持ち続け、世界や自然と相互編集を交わしながら、言葉を編み出す場所です。うかうかしてはいられません。
毎年の命日はきっと、イシス編集学校が皆さんにそういう場を提供できているか、振り返る日になるでしょう。松岡正剛校長は、人も国も組織も世界も、互いに編集方法を磨きつづけることを望んだのです。世界との編集を「人生できて」いるだろうか? 生きている限り、問い続けたいです。
イシス編集学校
学長 田中優子
田中優子の学長通信
No.09 松岡正剛校長の一周忌に寄せて(2025/08/12)
No.08 稽古とは(2025/08/01)
No.07 問→感→応→答→返・その2(2025/07/01)
No.06 問→感→応→答→返・その1(2025/06/01)
No.05 「編集」をもっと外へ(2025/05/01)
No.04 相互編集の必要性(2025/04/01)
No.03 イシス編集学校の活気(2025/03/01)
No.02 花伝敢談儀と新たな出発(2025/02/01)
No.01 新年のご挨拶(2025/01/01)
アイキャッチデザイン:穂積晴明
写真:後藤由加里
田中優子
イシス編集学校学長
法政大学社会学部教授、学部長、法政大学総長を歴任。『江戸の想像力』(ちくま文庫)、『江戸百夢』(朝日新聞社、ちくま文庫)、松岡正剛との共著『日本問答』『江戸問答』など著書多数。2024年秋『昭和問答』が刊行予定。松岡正剛と35年来の交流があり、自らイシス編集学校の[守][破][離][ISIS花伝所]を修了。 [AIDA]ボードメンバー。2024年からISIS co-missionに就任。
今年の8月2日、調布の桐朋小学校の校舎で「全国作文教育研究大会」のための講演をおこないました。イシス編集学校のパンフレットも配布し、当日はスタッフも来てくれました。 演題は「書くこと読むことの自由を妨げ […]
[守][破][離][花伝所]を終え、その間に[風韻講座]や[多読ジム]や[物語講座]を経験しながら、この春夏はついに、師範代になりました。 指南とは何か、指導や教育や添削とどこが違うかは、[花伝所]で身 […]
イシス編集学校「多読アレゴリア」で私が宗風をつとめる「EDO風狂連」は、時々外に出て遊山をしたり、催し物を仕掛けたりと、普段と違うことをおこないます。それを「遊山表象」と呼んでいます。7月20日、夏の遊山表象「江戸の音 […]
【田中優子の学長通信】No.07 問→感→応→答→返・その2
前回は、「問→感→応→答→返」について私が実際に学衆に伝えたことを、書きました。しかしそれだけでは、このことを伝えきれていません。松岡正剛校長は、さらに大事なことを言ったからです。それは次のことです。 イシス編集 […]
【田中優子の学長通信】No.06 問→感→応→答→返・その1
イシス編集学校では、「お題」と「回答」つまり「問」と「答」のあいだに、極めて重要なプロセスがあります。それが「問」→「感」→「応」→「答」→「返」というプロセス・メソッドです。 指南中の学衆からある問い […]
コメント
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2025-09-30
♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。
2025-09-24
初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。
2025-09-23
金緑に輝くアサヒナカワトンボの交接。
ホモ・サピエンスは、血液循環のポンプを遠まわしに愛の象徴に仕立て上げたけれど、トンボたちは軽やかに、そのまんまの絶頂シアワセアイコンを、私たちの心に越境させてくる。