蛹の胸部にせっかくしつらえられた翅の「抜き型」を邪険にして、リボンのような小さな翅で生まれてくるクロスジフユエダシャクのメス。飛べない翅の内側には、きっと、思いもよらない「無用の用」が伏せられている。
ついに始まってしまいました。前回、思いを幟に仕立てた新さんを先頭に、江戸の民衆が米を売り惜しむ米屋に押しかけ、打ちこわしへと。それなのに、このタイトル。さて、ドラマはどのように展開していったのでしょうか。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第33回「打壊演太女功徳(うちこわしえんためのくどく)」
芸の力
打ちこわしが続く江戸市中、遠目に眺めるだけで事態の深刻さを理解しようとしない幕府。めまぐるしく場面が移り変わる回となりました。それにしても、「祭りで騒いでいるのでは?」とか、「なにゆえ、打ちこわしに?」とか。江戸の民の苦しさを毛ほども感じていない幕臣たちの呑気さに、いまさらながらに、おふくの「お上っていうのは、私たちも生きているとは考えないのかねぇ」という言葉を思い出さずにはいられません。
最初は打ちこわしといっても「ただ壊すだけ」。何も盗まない、そう、喉から手が出るほどほしい米すらも奪わず、ただ政道を正すために行っていた打ちこわしも、治済の手下のあいつが、「持ってけ、泥棒!」と小判を投げ始めたところから、濁りはじめていきます。
ついには同心─今でいうところの警察、つまり行政の役人─も含めて死者が出る騒ぎに。
この騒乱をおさめるために、蔦重は田沼意次に、江戸に届くのが遅れている米を待つ間、金を出してはどうか、と進言します。それが実現すれば、江戸の民もお上が自分たちのことを考えてくれていることが伝わる。
さて、ここで問題になるのが、打ちこわしをしている連中にどうやってそれを知らしめるか。盗みが横行し、統率も乱れた群集にただ言葉で訴えても耳を貸すかどうか。
蔦重が選んだのは「芸の力」でした。打ちこわしのせいで埃まみれの町に、埃まみれの民たちの間に、富本斎宮太夫が美声を響かせます。
天からめぐみの銀がふる
三匁二分 米一升
声は天に届いた
先頭を歩く斎宮太夫の後ろには、揃いの新調の衣装を着た蔦重たち、櫓の上では太鼓を叩く蔦重の兄・次郎兵衛が。現代でいうとアドトラック、というと言い過ぎでしょうか。蔦重と次郎兵衛の息のあった掛け合いで、たちまち幕府からの「御救い銀」の話が町に広がっていきます。蔦重の考えた宣伝効果はばっちり、民衆の荒れる心を和らげることに成功したのです。
世を明るくする男
しかし、その裏で新之助があの世へと旅立ちます。御救い銀で浮かれて列に加わる民の中に、またしてもあの男がまぎれこみ、蔦重の命を狙うのです。新之助は身を挺して蔦重をかばい、こう言い残しました。
蔦重、俺は、何のために生まれてきたのか、わからぬ男だった。
貧乏侍の三男に産まれ、源内先生の門を叩くも秀でた才もなく、おふくと坊のことも守れず。
蔦重を守れてよかった。俺は世を明るくする男を守るために、生まれてきた。
世を正す方法を真面目に追求した新之助。それに対して、芸の力で騒動を鎮めようとした蔦重。新之助の言葉は、蔦重への、若い頃からの親友、いや心の友であった男からの最大の賛辞といえましょう。しかし、蔦重にとっては苦い賛辞になったに違いありません。前回、蔦重は打ちこわしに向かおうとする新之助にこう言ったのです。「誰一人捕まらねぇ、死なねぇ、みんなと一緒に笑いてぇ、打ちこわしが終わって、飯がつがつ食いながら、ありゃいい打ちこわしだったねぇ、と言いたい」と。その蔦重が、一番、一緒に笑いたかった友を失った瞬間なのですから。
エンタメの功徳
「彼等はなかなか遊戯気分でやつてゐるんです」
これは丸谷才一『忠臣蔵とは何か』の冒頭、芥川龍之介と徳富蘇峰が参加した座談会での徳富の一言です。四十七士の仇討ちの服装に関する芥川の言及に次いでの発言でした。
丸谷が忠臣蔵と結びつけたのは曾我狂言です。曾我兄弟の仇討ちとは、鎌倉時代(3年前の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』ですね!)の物語──富士の巻き狩りで父の敵を討とうとした曾我十郎(兄)と五郎(弟)の復讐譚。
主君・浅野内匠頭の敵を討とうとした大石内蔵助をはじめとする赤穂浪士たちが思い浮かべたのは曾我兄弟の仇討ちだろう。喧嘩両成敗と言いつつ、一方的に切腹を申しつけられた浅野内匠頭。主君の霊を慰めるために吉良の首をあげたのに同様に切腹に追い込まれた四十七士。そこには御霊信仰、つまり非業の死を遂げた怨霊を鎮めようとする意識が働いていました。この信仰は鎌倉時代から江戸時代まで連綿と続いていたのです。
そもそも五代将軍・綱吉の時代に、なぜ江戸三座で曾我兄弟の芝居が上演され続けたのか。丸谷はこう考えています。
三座の曾我狂言競演とは、江戸の町が総がかりで花やかに呪詛する、征夷大将軍殺しの儀式であった。
なぜ征夷大将軍・綱吉が呪詛されなくてはならなかったのか。綱吉といえば、生類憐れみの令が有名です。加えて、綱吉の時代にもまた天災が多く起きていました。
江戸時代の人々にとっては、悪政もまた天災地変の類であつたし、これは比喩としてではなく、文字通りにさう受取られてゐた。自分が政治に関与する可能性がまつたく封じられてゐれば、悪政が嵐や地震と似たものになるのは当然だらう。
と丸谷は書いています。
べらぼうの時代の江戸、いや日本中の市井の人々にとっても、悪政と天災はまさに同類だったのでしょう。綱吉の時代、人々は演劇の力をもって災厄を退けようとしました。曾我狂言に赤穂浪士たちの霊鎮めを重ね合わせることで。そして、蔦重が選んだ芸の力で騒動を鎮めるという方法も、綱吉の時代に江戸三座を中心とした人々が選んだ方法を受け継ぐものであったように思えるのです。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十六(番外編)
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岡田敦『ユルリ島の馬』(青幻舎)