夢中になるっていいじゃない【51[守]汁講潜入レポ】

2023/07/17(月)13:41
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北海道の釧路湿原にはヤチマナコが無数にある。ヤチはアイヌ語で「湿地」、マナコは「眼」、湿原にあいた眼のようなつぼ型の窪みをいう。深さは背丈以上あり、うっかりハマると抜け出せなくなる“底なし沼”だ。イシス編集学校にも底なしのイシス沼が広がっているが、うっかり足をとられても心配ご無用。世界の見方を変えるヘンシュウマナコを身につけて冒険を楽しんでいるようだ。

 

 

●51[守]初のメモリアルな汁講

6月半ばの日曜日、イシス沼は第51期[守]基本コースの汁講(しるこう)で賑わった。汁講とは、ともに編集稽古に励む教室の仲間たちとはじめて顔を合わせる場だ。この日は「カルメンおいで教室」と「シビルきびる教室」の2教室合同での開催。世田谷豪徳寺の本楼をメインにZoomもつなぎ、両教室の学衆、師範代、師範が参加した。さらに51[守]全体でも初開催のメモリアル汁講とあって、学匠と番匠も勢ぞろいという豪華布陣であった。

 

わずか2時間の汁講で見えてきたイシス沼の魅力。そこから4つの沼を選んで、写真たっぷりにご案内しよう。

 

Zoom越しにも本楼のおもしろさを味わってもらいたい。2万冊を一気に案内する本楼ツアーでは、角山祥造師範がタブレットを持って本棚空間を駆けずり回った。

 

カルメンおいで教室の伊藤誠秀師範代もつねに本楼を動き回りながらオンライン参加者の目となる。

 

前日の伝習座で本楼に集結した番匠と学匠は、帰郷を1日遅らせて汁講に参加。左から、若林牧子番匠(東京)、景山和浩番匠(大阪)、渡辺恒久番匠(ハワイ)、鈴木康代学匠(福島)。こんな豪華ゲストな汁講はめったにない。

 

 

  • 【1】キョウシツ沼 ~明かすべきか伏せるべきか、それが問題だ~

学衆が最初にハマるのがキョウシツ沼だ。「カルメンおいで」「シビルきびる」という奇妙な名前を不思議がりながら編集稽古をはじめ、まもなく仲間と出会った。ただしコミュニケーション手段は文字のみ。画像や映像はない。開講から2カ月ちかく顔の見えない仲間たちのイメージを膨らませ、文字から人となりが感じられるようになったころ、汁講ではじめて顔の見える間柄となる。その境目にはちょっぴり照れ臭そうな笑顔があった。

 

旧友に再会するようなはじめましての瞬間。

 

オンライン参加の男性陣もにこやかだ。

 

すっかり素顔が明かされて和やかな雰囲気にほっとしていると、オンラインで参加をしていた学衆Sさんが口を開いた。

 

編集学校に入ったことをいままで妻に話していなかったんです。今朝、14時からZoomをするんだと話をしたら、あなたは一体なにをやっているの??と妻に言われて…

 

一瞬みながドキッとしたが、昼間にスパゲッティをつくって家族サービスをしたあとに「実は、編集のことを学んでいて…」と打ち明けたという。「ここでの楽しい時間を家族にも還元したい」と微笑むSさんに、一同胸を撫でおろした。

 

秘密にしたくなるほどのキョウシツ沼の吸引力は恐るべし!だが、夫婦関係を泥沼にしないSさんの家庭編集もアッパレだ。ちなみに、これから受講を考えている方には、家族割を使ってはじめからご家族を巻き込む手もオススメしておきたい。

 

 

  • 【2】オダイ沼 ~みんなで入れば怖くない~

教室ではお題が出るが、汁講でもお題はつきもの。いつも2教室を見守る角山師範が3Aをテーマにした編集ワークをナビゲートした。3Aとはアフォーダンス、アナロジー、アブダクションの3つのA、編集を駆動するコアエンジンである。

 

「自宅」から「スペイン」に飛んでください。一見離れた情報のあいだを連想でつないでみてくださいね。

 

アナロジーのお題はこんな問いではじまった。手元の紙に〈自宅→   →スペイン〉と書いてさっそくペンを動かしはじめる学衆たち。

 

 

 

途中、「飛行機には乗らないでね」という角山師範からの声かけに、あっ!と声が漏れたが、すぐに制限時間の3分が経過。たとえばこんな回答が挙がった。

 

・自宅→持ち帰り残業→疲れて昼寝→シエスタ→スペイン(学衆Sさん)

 

・自宅→くつろぎ→ソファー→昼寝→おやつ→娘→ダイエット→ダンス→カルメン→スペイン(学衆Nさん)

 

・自宅→本棚→旅行本→海外→バルセロナ→スペイン(学衆Kさん)

 

 

 

「うんうん、みなさんいいですね!」と自由な連想に拍手が飛ぶ。同時に、「ここはちょっと共感性がもの足りないかな」など細やかな指南も差し込む角山師範の脇で、学衆Kさんが自信のなさそうな顔をしていた。

 

自分の回答、おもしろくないです…マジメな性格が関係していて…

 

Kさんが本音を漏らすと「もっととんでもないところに行ってもいいよね!最初に月に寄っちゃうとか」と角山師範が連想を飛ばすアドバイスをした。「なるほど、とんでもないところに行けるように振り切ります!」とKさんの表情が明るくなる。「いいよ~!そのために師範代いますから。とんでもないところに行ってください!」師範も師範代も嬉しそうにしながら、今度はオンラインの学衆Hさんに「どうですか?やってみて」と問いかけた。

 

いやもう、止まらないっす!どんどん出てきます!

 

と声を弾ませるHさんは、自己紹介のときこんなことを言っていた。「名前が俊敏の“俊“に“明“るいと書くので、素早く回答して教室のみんなを明るく照らそう、そういう存在になろうと思っています」

 

ひとりでは太刀打ちできないと思えても、仲間が一緒だとどんどんチャレンジできるのがオダイ沼。そんな交わし合いの魅力が滲み出た編集ワークだった。

 

かつて角山師範が師範代をつとめた教室に、ブロードウェイ俳優の学衆がいたそうだ。彼女から学んだブロードウェイ式の演技メソッドを「アフォーダンス」のお題にアレンジした。「みなさんの目の前に、なにか飲み物の入った容器があります。では、いまからそれをゆっくりと持ち上げて飲んでください」。それぞれがイメージする容器を手に持って飲み物を飲んでいる。

 

迫真の演技のあと「いまやったことを言葉にしてみてください」と促された学衆たち。学衆Kさんはいつも使っている水筒をイメージして、飲み口の蓋はあえて取り払い水筒本体の口金から飲むというルーティンを披露した。隣で見守る伊藤師範代が菩薩のようだ。

 

学衆Mさんはコップに注いだビールで喉を潤した。「あれ?その手の形だと、コップというよりお猪口ぐらいじゃないですか?」と問われ、ハッとして手を広げていた。

 

イシスきっての身体派、渡辺番匠がアフォーダンスのプチレクチャーを行った。さらに景山番匠はアブダクションを、若林番匠はアナロジーを語るという番匠スペシャルレクチャーリレー、なんという大盤振る舞いだろう。

 

「アブダクション」のお題を掲げるシビルきびる教室の佐土原太志師範代。宮沢賢治の作品の一節にある「グララガア、グララガア」というオノマトペについて「さあ、いったい何が野原へとんで行ったのでしょうか?」という問いに、学衆Nは龍、学衆Sはカラスを挙げた。

 

実際の作品は『オツベルと象』で、「象」が林の中をなきぬけていく場面だった。次なる問いは「もしこれが象ではなくネズミだったらどんなオノマトペにするだろう?宮沢賢治になりきって、オノマトペを考えてみてください」。学衆Mは〈トッタララ、トッタララ〉、学衆Kは〈ファサファサ、ファサファサ〉、学衆Hは〈サダダダサア、サダダダサア〉とそれぞれの推論を働かせていった。

 

 

  • 【3】フリカエリ沼 ~オレの話を聞け、2分だけじゃ足りない~

3A編集ワークを終え、汁講のラストにはなんでもどうぞな質問タイムが設けられた。学衆Sさんが手を挙げる。

 

学んだことの振り返りがうまくできません。どうやって振り返ればいいのか?と悩みながらやっていますが、定着せずにすぐに忘れてしまいます。いい振り返り方法があれば教えてください。

 

まずは康代学匠がマイクを持ち、無意識の編集プロセスを意識化する振り返りの意義と、松岡校長が長年振り返りのトレーニングをしてきたことを話した。次いで渡辺番匠が「おすすめは稽古でやった編集術を使って振り返ること。積極的に、いままでやってきた編集術の言葉を使うようにしてみるといいですよ」とアドバイス。さらに「他の人の回答や指南を読んで、それに対する振り返りを書いてみるのもいいですよ。いろいろな関係線を引き続けて」と景山番匠が続けると、「振り返りによって思考が加速していくことをぜひ味わってください」と若林番匠が付け加えた。

 

角山師範は「たとえば今日の汁講を三間連結、三位一体で語ってみるなど、学んだ型を持ち込んで一日の出来事を振り返ってみるといいですね。できたらぜひレポートを勧学会に提出してね」とお題まで出す抜かりなさ。最後は佐土原師範代が、ひとつだけ言っておきたいとマイクを手にした。「回答の振り返り欄には、うまくいったところだけではなく、うまくいかなかったとき、どういうアプローチをしたかもぜひ書いてみてください。そうするうちに、他の人の方法を借りれるようになりますから」

 

指導陣が次々にマイクに手を伸ばし、ここは歌好きが集まるカラオケボックスかと空目した。「なんだかみんな興奮気味ですね」と角山師範がつぶやくと「嬉しくなっちゃってね」と康代学匠が返す。

 

実は振り返りというのは編集工学の肝にあたるもの。芯を食う質問だったから、みんなついつい熱くなっちゃうんですよね。

 

編集工学の奥をちらつかせる角山師範の言葉に、学衆たちはフリカエリ沼の深みを感じただろうか。

 

 

【4】シハンダイ沼 ~やめられない、とまらない~

予定の2時間はあっという間に過ぎたが、終了後も本楼では雑談、歓談に花が咲いた。

 

実は前日、同じ場所でひらかれた伝習座で佐土原師範代は涙ぐんでいた。「シビルきびる教室はスター選手が何人もいるという状態で、情熱を持って稽古している学衆がたくさんいる」。活気ある稽古模様への感謝の気持ちが溢れた涙だった。そして次のような思いを語った。

 

学衆さんたちはなにかの役に立つからという理由で編集学校に入ったのかもしれない。でもこの教室では、編集が楽しいと思っていつの間にか夢中になってもらえるようにしていきたい。役に立つか立たないかということが、どれだけ自分を狭めてきたのかを感じてほしいなと思います。

 

一方、伊藤師範代はカルメンおいでという教室名に肖って自身を鼓舞した。

 

いまは町の公民館で踊りながら夏の盆踊りをめざしているような状態ですが、わたしはより遠くのターゲットを目指したい。世界を巻き込むワールドカーニバルにみんなに参加してもらいたいんです。そのためには、まずは師範代である自分が楽しまないと。自分が踊っていきます!

 

教室を動かし続ける師範代には苦しい局面も多々訪れるが、夢中になることを誰よりも大切にするふたり。そんなに師範代に誘われて、夢中になれるっていいじゃない。1年半後にはいまの学衆たちがシハンダイ沼にハマっている姿を見て、佐土原師範代は涙が止まらなくなるのだろう。

 

 

  • 福井千裕

    編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。