The Big Flat Now を生きる編集力の可能性を語る 武邑光裕の編集宣言【守】特別講義レポート

2024/03/08(金)07:00
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土曜日から続く雨がようやく上がり、少し陽の差し始めた1月21日(日)の午後2時、【守】の受講者(学衆)が待ちに待った講義が開講した。メディア美学者・武邑光裕氏による52【守】特別講義「編集宣言」だ。武邑さんのソロ講義の後に【守】学匠および林頭との鼎談という充実のプログラムは、編集の初学者である【守】の学衆にとっては、日々の稽古に加え、「いまなぜ編集なのか」を広範な知見をもとに識者が語る場に居合わせ、交わすことのできる貴重な機会となる。

 

この日の参加者はイシス編集学校の本楼の他、オンラインでも100名以上となった。事前に出されたお題に回答を用意し、武邑光裕を知る・読む・考えるシリーズとして4冊の著書を共読してきた学衆の視線は、2万冊の本に囲まれた本棚劇場に座る武邑さんに熱く注がれる。ベルリンで7年を過ごした武邑さんが鳥の目で見る世界編集の一部をここにレポートしたい。

 

◆<世界>は編集可能か

 

41年前、アーノルド・ミッチェル(Arnold Mitchell)が人々の行動を分析する全く新しい方法、VALS(Values, Attitudes and Lifestyles)を発明した。実証研究に裏打ちされた革新的な分析であり、ほぼ全ての社会活動を予測するとされるこの方法は、企業にとって危険な予測でもあり、この世から消されることとなった。1985年の彼の死後、その予測モデルは変更され、インターネットで検索してもミッチェルの痕跡は殆ど見つけることができない。

 

探すことのできたアーノルド・ミッチェルの唯一の写真(1977年のもの)

 

 

武邑さんは衝撃的な事実の開示で講義の幕を開けた。VALSの分析は人々のライフスタイルを9のカテゴリーに分けたが、その中の統合型(Integrated)とされたスタイルが企業活動にとって厄介な集団だと見做されたのだ。統合型とは、独立心が旺盛で自信に満ち、流行に飛びつかず、自分の核となる価値観を持つバランスの取れた人々だ。ニーズ主導の低所得層やCMを模倣する人々異なり、企業の思惑とは反対の行動をとりがちで、広告が「一番売れているビール」といえば別のビールを選ぶ。

 

40年前は人口全体の2%程度であった模倣行動を起こさない統合型の層は、今、主流になりつつあるという。この日の参加者に聞くと、ほとんどが統合型だと答えた。VALSのリストから消された人々は、実際には消えていなかったのだ。武邑さんは、ルネ・ジラールの名著だとして、松岡正剛の千夜千冊にも収められている『世の初めから隠されていること』を取り上げた。人には模倣願望があり、模倣することは創造のひとつの源泉になっている。しかし歴史を振り返ると、模倣することによって、対立や暴力が発生し、世界秩序の崩壊が起きてきた。


武邑さんは、今、世界は模倣者と統合者の戦いの最終段階に入っているという。力を増してきている統合者の勢力がある種の「世界観」を持つことで、世界は「編集」の対象となり、劇的に変わるだろうと

 

◆水と魚


そもそも我々は「今どのような世界観にいるか」について無自覚であることが多い。その一例として武邑さんは、2005年に米国の作家、デヴィッド・フォスター・ウォレスがケニオン大学の卒業式で記念スピーチをした際の「This is Water」という逸話について語り始めた。

 

二匹の幼い魚が泳いでいる。反対側を泳いでいた年配の魚がやってきて、「おはよう、君たち。水はどう?」 と聞きました。二匹の幼い魚達はしばらく泳ぎ続け、やがて一匹がもう一匹に言いました。「“水”って一体なんなの?」

 

デヴィッド・フォスター・ウォレス@ケニオン大学の卒業式の記念スピーチ”

 

 

我々が、マスメディアによって包囲された環境から、その先を越えてみることができないという事実は、「水」を考えることができない魚と同じだ。しかし、一旦、古いメディアが新しいものに置き換わると、以前は見えなかったものが見えてくる。古いメディア環境を可視化し、そこへの退行を防ぐため、我々は旧世界を包囲する必要がある。そこで、武邑さんは、古い環境を知覚するための文化的な試みとして行われる、いくつかの動きを紹介した。

 

バーニング・マン:アメリカ北西部の荒野で年に一度、約一週間に渡って開催される。会場となるブラックロック砂漠は、ネバダ州リノ市に位置する。

 

ひとつは、バーニングマン(Burning Man)という驚くようなスケールのイベントだ。巨大な人型を燃やすこのイベントは、1986年から毎年、米国西部の広大な土地で行われてきて、2019年には78,830人が集った。こうした儀式はヨーロッパにもいくつかあり、世界を変更し、社会的境界を再定義してきたという。そして日常生活の構成概念とそれらを変える我々の可能性を発見しようとする。これこそが世界の「編集」であると武邑さんはいう。


◆The Big Flat Now

 

世界の先駆的試みから世界編集を見せた武邑さんは、次に、前衛的に見える雑誌を手にして話し始めた。タイトルは「032c」。「032c」は、ベルリンで創刊された、ファッション、アート、政治に至るまで、時代の流れを幅広い視点で捉えたコンテンポラリー・カルチャーマガジンだ。年2回の英語版で55,000部という堅実な発行部数を誇り、アパレル分野へも進出する。この雑誌が2018年に提唱し、特集したのが「The Big Flat Now」という世界観だ。いつでも、どこでも、だれでも同時に存在する方法だという。

 

 

フラットネス(Flatness)は、すべてがどこでも同じであり、ナウネス(nowness)はどこでも同じ時間であること。以前は、それぞれの場所にそれぞれのリズムがあったが、今は境界線が存在しなくなったという。インターネット上では、隣の家と隣の大陸という場所の違いがなくなり、5億年前のカンブリア爆発と昨日のレストランの検索が同じタブに存在し、時間のギャップさえ見えない。そこで、我々、人のアイデンティティは、柔軟で自律的で、規定されることのないものとなり、いつでも、どこでも、誰でも、同時に存在する。

 

「032c」はハイブランドのルイ・ヴィトンとストリート・ブランドのシュプリームという、これまでならあり得ないコラボレーションでアパレルを扱う。若い世代にとっては「面白いかどうか」が全てで、カテゴリーなどに意味はない。この世界では、新しいアイデアがこれまで以上に求められ、価値をもつのだという。

 

人類の文化はすべて、生産のためにオープンソース化された原材料となった。かつて平凡だったものが今や魅力的であり、その逆もまた然り。


テクノロジーが発達し、グローバル化した現在において、物事の起源についての争いは茶番です。にんじんが地面から押し出されるように、成功したアイデアはあらゆる状況で利用可能となり、機能するようになります。

 

トーマス・ベトリッジ、J.コッホ、ルーカス・マスカテッロ Opinions, Business of Fashion

 

最後に武邑さんは、インタースコアを「共創の時代のキーワード」として挙げ、学際的なコラボレーションとイノベーションに向けた現代のトレンドの本質を捉えていると評してソロ講義「編集宣言」を終えた。52【守】の学衆は既に卒門を迎え、感門之盟で寿ぐ日を待つばかりとなった。武邑さんの示した世界観を見に「編集道」の先へ進むことを決めた者たちはこの後、【破】へ進むこととなるが、その前にベルリンか、あるいはネバダ州のブラックロックシティへ飛び、「The Big Flat Now」に浸り、五感で世界編集を感じてこようとする猛者がいてもいい。

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◆武邑光裕を知る・読む・考えるシリーズ◆

異種交流で浮き世離れせよ 『デジタル・ジャパネスク』

日本文化の記憶の継承者たれ 『記憶のゆくたて ーデジタル・アーカイヴの文化経済ー』

全体主義に抗うための問いを持て 『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』

天使は舞い降りた『ベルリン・都市・未来』

 

  • 安田晶子

    編集的先達:バージニア・ウルフ。会計コンサルタントでありながら、42.195教室の師範代というマラソンランナー。ワーキングマザーとして2人の男子を育てあげ、10分で弁当、30分でフルコースをつくれる特技を持つ。タイに4年滞在中、途上国支援を通じて辿り着いた「日本のジェンダー課題」は人生のテーマ。