読み手は書き手を内包する~41[花]敢談儀 ようそこ先輩:吉居奈々師範

2024/08/11(日)08:00
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 NEXT ISIS 6つの編集ディレクションは4番目に「編集は、『ものごとを前に』すすめる」と掲げている。無事に花伝所を放伝しても、自分に師範代が務まるかと、不安から登板に二の足を踏む放伝生もいる。しかし編集学校はどんな人も掬い取る。敢談儀は、後込みする放伝生の背中を押す、編集の場でもあるのだ。
 
 2つ目のプログラムは、先輩師範代を招いて登板当時の「そこ」の所を聞き出す「ようそこ先輩」。ゲストに登場したのは、チーム記譜人を率いて47期守で師範を務めた吉居奈々師範。筆者の師範代活動を支えてくれた思い出深い師範である。
 「どこかで、間違ったり、失敗したりすることを『恥』と思って恐れているのではないか」と、筆者の不足を鋭く見抜いた頼れる姐御。「編集に切実な想いを抱えていたのに、頂いた教室名からはそれが感じられず、はじめ好きになれなかった」とフライヤー制作レクチャーで打ち明ける姿が印象深かった。
 

吉居が師範代を勤めた43期守 あさってサンダル教室のフライヤー
教室名をフライヤーに描くことで、師範代は教室のモードをイメージメントする。

 

 師範代活動に事件はつきもの。自己は事件からしか生まれない。情熱をもやし続ける吉居奈々師範の、編集の軌跡をお送りする。


■弱みを見せられなかった守

 

 輝く言葉で学衆に応じる吉居を、周囲は「やるほどに生き生きしている」と見ていた。しかし楽しそうに指南を紡ぐその裏には、苦しい葛藤があったと、おずおずと語り始めた。

 滑り出しは順調、届く回答に即座に応じ、吉居は師範代を心底楽しんでいた。しかし転機は中盤のアワード「番選ボードレール」直前に訪れた。教室に届く回答がぱったりと途絶えたのだ。「番選ボードレール」は教室に回答が飛び交う稽古の山場。学衆の時から前のめりに稽古に向かい続けた吉居には、理解できない展開だった。
 花伝所の稽古でシミュレーションはしたが、実際に経験するとこんなにキツいものなのか。「自分の手の届かないところにすっぱりとハマってしまった感覚」とため息交じりに当時を振り返った。誰も卒門に導けず、一人で感門之盟を迎える自分を想像し、軽い絶望に襲われた。不安と苛立ちの中、「自ら望んでこの場に集ったのではなかったか?」と、教室に強い言葉を届けて自己嫌悪に陥った。「実戦は違う」と目を固く閉じ声を絞りだす吉居。格好をつけて、師範に相談できずにいたと声を落とした。
 楽しく指南するわたしと、教室をうまく回せないわたしが分裂したまま、弱みを隠して終えた守だった。しかし、この苦い経験が吉居を次のステージに連れて行く。

 

■創の疼きに導かれて

 

 感門之盟を終えて10日程たったある日、吉居の身体に異変が起きた。急遽入院することになり、初めて全身麻酔の手術を経験した。麻酔から目覚め、病院の天井を眺めていると、しこりの残る守の稽古模様がグルグルと頭を巡る。
 「マネジメントに至らないところはあったが、わたしは全霊で取り組んだ。送ってしまった怒りのメールだって、わたしの全霊だった」。今、自分に何が起きているのか?と繰り返し問い続ける中で、吉居は「師範代を編集し直さないといけない」と想いを強くしていった。
 同期師範代が破の教室を担当する中、半年間休養の後、満を持して44期破の師範代に登板した。その時、吉居には思うところがあった。「書くこととは違う所に編集をかけよう」。

 指南スタイルは、読んで楽しいものから、型の使い方をきっちり伝えるものに変え、時間がとられることを見越して、「仕事中に指南を書きますが、仕事には影響ないようにします」と会社に覚悟を伝えた。自分の考える師範代像をアップデートして、周囲の助けを借りながら、稽古に専心できる環境をマネジメントしていったのだ。
 弱みを見せられなかった自分の殻にヒビが入った瞬間だった。

 

 

■読むことの大切さを痛感した破

 

 教室は初っ端からドライブした。指南の最後に添えた「再編集の手すり」は絶妙な手すりとなって、学衆を彩回答に誘った。二度のアワード「アリスとテレス賞」大賞を吉居の教室が独占したことは、今でも語り草になっている。
 しかし、事件は起きた。安易に再回答を促したことに端を発し、学衆から回答の意図が読めていないと反論が届いたのだ。
 だが、困難をくぐり抜けた吉居はひと味違った。同じチームの師範、師範代に力を借りつつ、「ここから先はわたしの覚悟を見せる」と真摯に学衆と向き合い続けた。非礼は詫び、エディティング・モデルを交わし続けて。最後は「学衆から照れ隠しの関西弁の返事が届いた」と、笑顔がこぼれた。
 今、教室に届けた指南を読み返して、「自分が書いたのではないというのがわかる。読み手は書き手を内包する」と言葉を噛みしめる。「回答と一体になって世界を作っている指南」は格別に面白いと目を輝かせた。

 

■こぼれ落ちる言葉にならないものを編んでいく

 

 「教室には、誰かが拾わないと、そのまま流されていってしまう言葉がたくさん届く」。本楼に吉居の声が佇む。「誰かが指し示したり拾ってあげないと、その言葉は消えていってしまう。だから指南するときも、今わたしが拾わなければ誰も読まないであろう所を拾って欲しい」。

 目を伏せ言葉に聞き入る者、筆を止め語り手を見つめる者、放伝生はそれぞれに吉居の想いを受けとめている。「『あなたのここの部分をわたしは拾いましたよ』というところが、指南の一番美しい、カッコいいところ」。染みいる声音で語られた師範代のカマエ。放伝生のまぶたの裏には、凜とした師範代の風姿が見えたに違いない。


後田彩乃師範代から受け取った言葉「こぼれ落ちる言葉にならないものを編んでいく」と、この本のタイトル「だれも買わない本は、誰かが買わなきゃならないんだ」は吉居の師範代のカマエを作る核。
  • 西宮・B・牧人

    編集的先達:エルヴィン・シュレーディンガー。アキバでの失恋をきっかけにイシスに入門した、コンピュータ・エンジニアにして、フラメンコ・ギタリスト。稽古の最中になぜかビーバーを自らのトーテムにすることを決意して、ミドルネーム「B」を名乗る。最近は脱コンビニ人間を志し、8kgのダイエットに成功。