輝く言葉で学衆に応じる吉居を、周囲は「やるほどに生き生きしている」と見ていた。しかし楽しそうに指南を紡ぐその裏には、苦しい葛藤があったと、おずおずと語り始めた。
滑り出しは順調、届く回答に即座に応じ、吉居は師範代を心底楽しんでいた。しかし転機は中盤のアワード「番選ボードレール」直前に訪れた。教室に届く回答がぱったりと途絶えたのだ。「番選ボードレール」は教室に回答が飛び交う稽古の山場。学衆の時から前のめりに稽古に向かい続けた吉居には、理解できない展開だった。
花伝所の稽古でシミュレーションはしたが、実際に経験するとこんなにキツいものなのか。「自分の手の届かないところにすっぱりとハマってしまった感覚」とため息交じりに当時を振り返った。誰も卒門に導けず、一人で感門之盟を迎える自分を想像し、軽い絶望に襲われた。不安と苛立ちの中、「自ら望んでこの場に集ったのではなかったか?」と、教室に強い言葉を届けて自己嫌悪に陥った。「実戦は違う」と目を固く閉じ声を絞りだす吉居。格好をつけて、師範に相談できずにいたと声を落とした。
楽しく指南するわたしと、教室をうまく回せないわたしが分裂したまま、弱みを隠して終えた守だった。しかし、この苦い経験が吉居を次のステージに連れて行く。
感門之盟を終えて10日程たったある日、吉居の身体に異変が起きた。急遽入院することになり、初めて全身麻酔の手術を経験した。麻酔から目覚め、病院の天井を眺めていると、しこりの残る守の稽古模様がグルグルと頭を巡る。
「マネジメントに至らないところはあったが、わたしは全霊で取り組んだ。送ってしまった怒りのメールだって、わたしの全霊だった」。今、自分に何が起きているのか?と繰り返し問い続ける中で、吉居は「師範代を編集し直さないといけない」と想いを強くしていった。
同期師範代が破の教室を担当する中、半年間休養の後、満を持して44期破の師範代に登板した。その時、吉居には思うところがあった。「書くこととは違う所に編集をかけよう」。
指南スタイルは、読んで楽しいものから、型の使い方をきっちり伝えるものに変え、時間がとられることを見越して、「仕事中に指南を書きますが、仕事には影響ないようにします」と会社に覚悟を伝えた。自分の考える師範代像をアップデートして、周囲の助けを借りながら、稽古に専心できる環境をマネジメントしていったのだ。
弱みを見せられなかった自分の殻にヒビが入った瞬間だった。
教室は初っ端からドライブした。指南の最後に添えた「再編集の手すり」は絶妙な手すりとなって、学衆を彩回答に誘った。二度のアワード「アリスとテレス賞」大賞を吉居の教室が独占したことは、今でも語り草になっている。
しかし、事件は起きた。安易に再回答を促したことに端を発し、学衆から回答の意図が読めていないと反論が届いたのだ。
だが、困難をくぐり抜けた吉居はひと味違った。同じチームの師範、師範代に力を借りつつ、「ここから先はわたしの覚悟を見せる」と真摯に学衆と向き合い続けた。非礼は詫び、エディティング・モデルを交わし続けて。最後は「学衆から照れ隠しの関西弁の返事が届いた」と、笑顔がこぼれた。
今、教室に届けた指南を読み返して、「自分が書いたのではないというのがわかる。読み手は書き手を内包する」と言葉を噛みしめる。「回答と一体になって世界を作っている指南」は格別に面白いと目を輝かせた。
「教室には、誰かが拾わないと、そのまま流されていってしまう言葉がたくさん届く」。本楼に吉居の声が佇む。「誰かが指し示したり拾ってあげないと、その言葉は消えていってしまう。だから指南するときも、今わたしが拾わなければ誰も読まないであろう所を拾って欲しい」。
目を伏せ言葉に聞き入る者、筆を止め語り手を見つめる者、放伝生はそれぞれに吉居の想いを受けとめている。「『あなたのここの部分をわたしは拾いましたよ』というところが、指南の一番美しい、カッコいいところ」。染みいる声音で語られた師範代のカマエ。放伝生のまぶたの裏には、凜とした師範代の風姿が見えたに違いない。
西宮・B・牧人
編集的先達:エルヴィン・シュレーディンガー。アキバでの失恋をきっかけにイシスに入門した、コンピュータ・エンジニアにして、フラメンコ・ギタリスト。稽古の最中になぜかビーバーを自らのトーテムにすることを決意して、ミドルネーム「B」を名乗る。最近は脱コンビニ人間を志し、8kgのダイエットに成功。
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