イシス編集学校に入門した2000年6月、EditCafeに届いた初めての投稿は「私が校長の松岡正剛です」でした。松岡正剛という人を知らずに入門したので「ふうん、この人が校長か」とさらっと受け止める程度でした。
初めて本人と会ったのは4期の師範代試験で、まだ編集工学研究所が赤坂にあった頃です。黒い衣装に身を包んだ校長の松岡正剛さんは煙草をふかしながら師範代候補生5、6人と対面しました。試験というより懇談会のような雰囲気の中、相手の目線に合わせて話をする松岡校長。私はその速さと近さに静かな衝撃を受けていました。知の巨人だの博覧強記だのいわれますが、そうした評価軸だけでは見えない懐(ふところ)に、自分の居場所を見つけたような気がしたのです。そのあと、25年間もイシス編集学校で学び、九天玄氣組で遊び続けられているのは、あの瞬間の衝撃があったからこそです。(アイキャッチ画像は8期守の師範を務めたあとに松岡校長にいただいた自画像の色紙です)
松岡正剛とはどんな存在だったのか。あらゆるものを削ぎ落として見つめ直すと、私を自由に遊ばせてくれた人だった…ということに尽きます。ひび割れた薄氷の上を歩くような暮らしをしていた私を心配し、気を砕いてくれた人でもありました。これまで幾度となく電話をし、対面したかしれません。もがき苦しむ私に呆れていたに違いないけれど、真摯に話を聞いてくれたし、会うたびに「遠慮しないでね」と声をかけてくれました。
それゆえに大胆不敵なお願いを“遠慮なく”してきました。もっとも多かったのは名付けです。名前を変えたらきっと生まれ変われると思っていた私は、新しいことを始めるたびに名前をつけてもらいました。
最たるものはイシス編集学校九州支所の名付けです。発足会の前月、2006年8月下旬に届いた名前は「九天玄氣組」。はからずも最後の千夜千冊となってしまった#1850『中国人のトポス』にも触れてありますが、「九天玄氣組の名は、葛洪の『枕中書』に盤古真人と大玄五女が結ばれて天皇と九光玄女を生んだという話がのっているのだが、その九光玄女に肖った」とあるけれど、そこに松岡正剛の俳号「玄月」の一字も重ねられている。言葉一つに幾重もの意味と文脈とイメージを刻印するセイゴオ・ネーミング編集術の効力は抜群で、今でも九天玄氣組は玄氣もりもり、勇気りんりん、妙に突出した活動を続けています。
九天玄氣組は2006年の発足時より19年間、組員総出で松岡校長に特製の年賀状を毎年欠かさず贈り続けた。写真は2024年1月の傘寿祝いを兼ねた贈り物「玄氣昇龍祝い傘」と九天玄氣組マガジン2024『龍』
最後の名付けは瓢箪座(中野の屋号)の出版レーベル名「字像舎」です。2022年11月に名付けてくれました。前々から出版や版元の夢を語っていたのですが、リスクが大きすぎるからやめなさい、と言われ続けていました。それでも諦め切れない私は、千夜千冊エディション『読書の裏側』と『電子の社会』を読んで、新時代のメディアとしての電子書籍ならとレーベルを立ち上げる相談をしたところ、この名を考えてくれました。
九天玄氣組の企画に幾度もつきあってもらったし、九州にもお招きしました。福岡市での九天玄氣組発足会(2006)にはじまり、九州国立博物館での独演会「ぼくの九州同舟制」(2009)、福岡の書斎りーぶるでの藤堂和子さんとの対談(2013)、歴史作家の河村哲夫さんとの対談(2014)、本楼での「九州の音なひ」(2015)、門司港での「海峡三座」(2016)…。最後はコロナ禍直前の2020年2月、松岡校長主催の九天年賀御礼の会(福岡)でした。
つねに私たちは斜め上を目指し、企画のたびに何かを確実に越えていきました。「思う存分やりなさい」と両手を広げて受け止める松岡校長がいたからこそ、自由に向けて果敢に駆け出すことができたのです。
いまもどこか受け止め切れておらず、ふとしたことで糸の切れた凧になりかねないけれども、松岡正剛仕込みの「玄氣」はそう簡単に消えやしないと信じています。
松岡校長主催の九天年賀御礼の会にて(2020年2月/福岡市・箱崎水族館喫茶室)
九天玄氣組が発足する前、発足会のアイコンに彼岸花を掲げたいと組員に話したとき、「不吉なイメージのある花を掲げることはどうかと思う」という意見が出て、議論になったことがあります。この彼岸花論争について、発足会のために来福した松岡校長に話すと、いたく面白がって「タブーは犯すものです。この歌、知ってる?」と言うと、浅川マキの「港の彼岸花」を絶唱しました。彼岸花を見るとあの歌声を思い出します。
白い花なら百合の花
黄色い花なら菊の花
悲しい恋なら何の花
真赤な港の彼岸花
中野由紀昌
編集的先達:石牟礼道子。侠気と九州愛あふれる九天玄氣組組長。組員の信頼は厚く、イシスで最も活気ある支所をつくった。個人事務所として黒ひょうたんがシンボルの「瓢箪座」を設立し、九州遊学を続ける。
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