「なあに」が降って言葉が動く――荒井理恵のISIS wave #24

2024/02/26(月)08:00
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。


荒井理恵さんが編集学校の応用コース[破]を終えたのは、2018年の夏のこと。結婚、出産を経、生活も変わったが、子供とのやりとりの中で、「編集の型」と出会いなおしたという。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ、「ISIS wave」の第24回は「母」の目線で切り取った「子どもとの日常」を荒井さんが活写します。

 

■■2歳半の娘との編集的対話

 

 この世界に言葉が存在すると知ってから、娘は毎日「なあに」の雨を降らせている。にわか雨や、どしゃ降り、時雨のようなときもある。
 1歳の頃は「これなあに」「それなあに」と目の前のモノの名前をポツリポツリと聞いていた。その度に「これはイチゴだよ」、「あれは救急車だよ」と答えていた。2歳半を過ぎてから語彙が急速に増え、質問はモノからコトへ広がっていく。「〇〇ってなに?」と意味を問うようにもなった。

 

 ――朝ってなに?
 ――明後日ってなに?
 ――上ってなに?
 ――行くってなに?
 ――空気ってなに?
 ――追い越し禁止ってなに?
 ――こだわりってなに?
 ――ゆきはこんこんってなに?

 

 「それは…」と答えようとするが口ごもる。何度となく読み、書き、発してきた言葉をなかなか言い表せない。「なに、なに、なにー!」が止まない娘に迫られ、えーとうーんとうなっていると、編集の型がいるとふと気づいた。辞書の定義のような《コンパイル(編纂)》と自由に類推・想像する《エディット(編集)》だ。誰にでも通じる解釈を、2歳半の子に向けた答えに変換してみる。言葉の要素・属性・機能に目をこらし、あれこれ説明の着せかえをする。

 

 ――「朝」はお日さまがのぼって明るくなるときだよ
 ――「明後日」は寝て起きて、もういっかい寝て起きたらくるよ
 ――「上」は空のあるほうだよ
 ――「行く」はここからあのいすまで歩くってことだよ
 ――「空気」はみえないけどいっしょにいるものだよ
 ――「追い越し禁止」は追い越しが禁止、ではなくて並んで進もうねってことだよ
 ――「こだわり」は、今日はあのスカートがはきたい!ってことだよ
 ――「ゆきはこんこん」は、雪がこんこん降るってこと…こんこんってなんだ?

 

 私の頭の中にも「なに」が降ってきた。調べると、童謡『ゆき』の歌詞は“雪やこんこ”で、“こんこ”の語源は来ん来、来い来いとされている。雪よ来いと囃す歌なのだ。
 「なに」を追うと、自分が言葉をあいまいなまま使っていて、本当はわかっていなかったことがわかる。そして言葉の由来や類語を知りコンパイルすれば、意味のシソーラスが広がり、見方もエディットも変わっていく。

 

 ――「ゆきやこんこ」は、雪、降れ降れって呼んでるんだよ。たのしそうだね!

 

 「エディティングは表現も思索も含んだ知の行為の進行形」という『知の編集術』の一文は、娘の「なあに」で初めて実感できた。子供ひとりにひとこと伝える。ちいさなことのなかにも編集がある。
 [守]で学んだのは、いつでもそこにいる型[破]で見つけたのは、世界の何もかもを自由に扱える手段。編集学校に入門して6年が過ぎ、結婚、出産、退職と日常は大きく動いた。関わる人・求める情報・向き合う問題も変わった。だが、編集の方法たちは今も変わらず、たのしそうな方へ手をひいてくれる。

 

 娘は私の答えをじっくり聞くときもあれば、気にもとめずよそへ行ってしまうときもある。3歳を迎える娘の記憶からは、ほとんど消えてゆくだろう。それでも、たくさん降った「なあに」の雨が娘の言葉を育ててくれたらいい。単語を採集し、イメージを捕まえ、意味の図譜をつくる。言葉の森で遊ぶ娘の姿を、私は夢想している。

▲「なあに」は雨のように降ってくる。写真は「なあに」の主だ。

 

文中に『知の編集術』が引用されていますが、この続きには「(エディティングは)その思索や表現がもたらす「情報の様子」に応じて新たな動向を作っていくこと」とあります。ここでいうと、荒井さん親子の会話が、「ゆきはこんこん」を広め、かつ深めたということでしょう。2歳半の女の子の中には無数の「新たな動向」が生まれ続けている。私たちは今、その目撃者になったのです。


文・写真/荒井理恵(40[守]カイトウついつい教室、40[破]リテラル本舗教室)
編集協力/阿曽祐子

編集/角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。