花伝式部抄::第12段:: 言語量と思考をめぐる仮説

2024/05/14(火)08:05 img
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花伝式部抄_12

<<花伝式部抄::第11段

 

 さて、編集稽古の動向を定量スコアするために人力で計測可能な情報は限られていますから、方法を工夫しながら有意義な計測項目を見出さなくてはなりません。そこで諸事勘案した挙句、一つの仮説を想定してみました。

 

仮説1:

回答に添えられる「振り返り」の文字量は、回答編集のために費やした思考量をある程度反映しているのではないだろうか。

 

 この仮説はいささか乱暴なロジックかも知れません。日常的な体験を顧みても、思慮深い人ほど往々にして口数が少ないものだからです。
 けれど、編集工学の礎となっている「アナロジー」は、思索や思想の基底で言葉の「言いかえ」が伴うことを示唆しています。とすれば、一般的には思考量と言語量との関係に十分条件も必要条件も認め難いとしても、こと編集稽古の場はテキストコミュニケーションですから、文字量の計測が何らかの情報価値をもたらすことを期待しても許されるでしょう。

 

 加えて、編集工学は「エディティング・モデルの交換」を重視しており、教室や勧学会での自由発言や不規則発言を原則的に歓迎していますから、その動向をスコアするために「冗長度」という概念を導入することを考えました。冗長度は、思考や情報交換の道すがらでの「寄り道」の度合いを計測できそうです。

 

仮説2:

「振り返り」の文字量と、稽古以外の「自由発言」の文字量との比を求めることで、当該学衆の「エディティング・モデル」の一端を描出できるのではないだろうか。

 

 この「冗長度」のアイデアは、我ながら発言スコアに大きな期待を抱かせるものでした。

 日常のコミュニケーションでも、口数は多すぎても少なすぎても困るものです。その一方で、思考や会話の最中で文脈が脱線することによって、思いもよらない情報どうしの関係性を発見する場合もあるでしょう。おそらく冗長度には一定の範囲に適正値が認められて、その適正値を自覚して発言することができるとしたら、より豊かで円滑なコミュニケーションを行うことができるかも知れません。ひいては、冗長度の多寡によって編集稽古の質を占うことも見込めそうです。

 

 以上の「よ:与件の整理」「も:目的の拡張」「が:概念の設計」をもって、さっそく私は担当教室の「発言スコア」の集計を試みました。

 実際の発言スコアから、特徴的な3教室の事例を紹介してみましょう。

 

多様な教室モデル

 

多様な教室モデル

(↑クリックすると大きく表示されます)

 

教室A

〔稽古模様〕

最終盤での駆け込み稽古もあって全員卒門を果たしたが、リーダー格となる学衆が不在なうえ、師範代の指南が失速する場面も散見され、全般的に教室の動きは重かった。

〔特徴的なスコア〕

指南速度 6.21日/指南

 師範代が指南返信するまで、回答到着から平均で1週間弱要している。
自由発言量 64.6文字/題 振り返り量 123.4文字/題

 回答以外の発言はツイッター程度の分量にとどまっている。
勧学会学衆発言比 36.81

 学衆からの自発的発言は乏しかった。

 

教室B

〔稽古模様〕

全員卒門は成らなかったが、共読の気風に溢れ、相互編集が終始活性していた。稽古の進捗にはバラツキがあったものの、師範代の発見的な指南に呼応するように、場を動かす個性的な学衆が複数登場したことが教室の風土を醸成した。

〔特徴的なスコア〕

進破率 75

 卒門後にほとんどの学衆が[破]へ進んだ。学衆にとって充実した教室体験だったことが伺える。
冗長度 60.5

 教室で「回答」「振り返り」以外の交わし合いが活発だった。
振り返り量 212.9文字/題

 学衆の稽古への取り組みは熱心だった。稽古の充実度は、このスコアが200を超えることが目安となるように見える。

 

教室C

〔稽古模様〕

稽古の進捗が極端に二極化した事例。学衆の半数が開講初期に脱落する一方で、半数は速度と深度を保ったまま卒門までひたぶるに駆け抜けた。稽古を続ける学衆の熱量は高かったものの、学衆同士の自由な交流は乏しく、終始緊張感が漂い続ける教室だった。

〔特徴的なスコア〕

回答速度教室平均 8.48日/回答 指南速度 3.2日/指南

 稽古のペースは概ね良好だった。
振り返り量 454.4文字/題

 期間中の「振り返り」の総計が2万文字を超える学衆が3名も登場した。相当量の思考が稽古のために投入されたことが窺える。
冗長度 26.7 勧学会総発言数 243

 師範代、学衆とも雑談を控える傾向だった。

 

 上に〔稽古模様〕として記したコメントは、一般的に「定性評価」と呼ばれるスコアです。スコアラーが、自身の主観的な視点や価値基準を持ち込みながらスコアするモードと言えるでしょう。定性モードのスコアリングは、情報の全体像や雰囲気などを大掴みして、それをメタフォリカルな表現で伝えたり、情報構造の階層性や関係性などに着眼して記述することに適しています。
 一方、定量スコアが描出する数値は、定性スコアが依拠する主観性を補完する効果が認められます。上の事例でも、私の定性評価が定量スコアの計測結果と矛盾することはありませんでしたし、むしろ定量スコアのデータを客観的な裏付けとすることで説得力の高い定性スコアを得られました。
 もちろん精緻な定量スコアのためにはそれなりの労力やコストが求められますが、精密なデータがより精度の高い定性評価をもたらすことは、あらためて強調するまでもないでしょう。

 

 では、イシスの師範はこぞって「発言スコア」に取り組むべきかと言うと、その前によくよく考えておかなくてはならない問題が浮上してきます。
 それはすなわち、数値の持つ「魔力」についてです。数値は良くも悪くも強い説得力を持つ、ということです。

 

 さきほど私は「仮説2」をめぐって、「おそらく冗長度には一定の範囲に適正値が認められる」と書きました。たしかに、僅かなサンプル事例から推し図ってみても一定の適正値は認められそうな手応えを感じます。けれど、もしも発言スコアの示す数値に適正値が認められたとしても、適正値を評価基準として編集稽古のプロセスを評価してしまっては本末転倒です。

 つまりここで忘れてはならないのは、そもそも定量スコアはものごとの”結果”にしか言及することが出来ない、ということです。数値スコアによって「表れているもの」をビビッドに記述すればするほど、私たちは却って「表れているものが表そうとしているもの」を遠ざけてしまうことになりかねないでしょう。

 

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 ::第15段:: 道草を数えるなら

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 ::第17段::「まなざし」と「まなざされ」

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 ::第22段::「インタースコアラー」宣言

  • 深谷もと佳

    編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。編集工学を体現する世界唯一の美容師。クリパルのヨギーニ。

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