【82感門】今宵、ほんのれんバーで

2023/10/05(木)08:30
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本との偶然の出会いから、意識すらしていなかった思考が形になることがある。
言語化できなかったもどかしさがページの中に現れる事もあり、予期せぬアケとフセに未知への扉が開くこともある。出版をめぐる状況は相変わらず厳しいが、人と本との関係はずっと親密だ。

 

ほんのれんバー開店

 

ほんのれん」は一畳の本棚。企業やコミュニティーのアイディアの創発のために出張する空間装置だ。本を媒介にすると伏せられたものがデロデロと出てきてしまう。縮こまった発想力や想像力を回復するために、本と共にある場を日本の各地にお届けする。「ほんのれん」には、毎月旬感ノートによる問いと5冊の本が届き、それを共読する。この春から、丸善雄松堂株式会社編集工学研究所の共同で始まったプロジェクトだ。

 

感門之盟では「ほんのれん」をバーに見立て、一夜限りの「ほんのれんバー」が開店した。


編集工学研究所代表取締役社長の安藤昭子物語講座おおくぼかよ師範、そして、今夜は特別にバーテンダーの上杉公志が、本を媒介として学衆と本とISIS編集学校をアケて繋げた。

 

 

51[守]からの来訪者

 

「ほんのれんデロデロバー」開店と同時に、51[守]から三人の学衆が、旬なキーブックを片手に集まった。

「いらっしゃい」安藤の声に、ただいまが連呼する教室から、佐々木知範さん(51[守] 学匠ただいま!教室)が持参した本を掲げた。


キーブックは、『アースダイバー』中沢新一/講談社。「累々たる物語の上に立つと実感する本」とおおくぼが紹介すると、軽井沢の風腰学園で事務局長として働く佐々木さんは、『アースダイバー』を語った。

 

「NHKで「ブラタモリ」のディレクターをしている時に、学生の時以来の再読だったが、見えてくる世界が違った。時を経て学びを重ねていくことが大事だと感じた。今日の感門でも先に進むだけでなく、[守]にもう一度戻ったりする方もいて、学びの楽しさを知った。」

 

ーーNHKのディレクター時代にイシスの学びがあったらと言っていたそうですね。

 

「ディレクター時代、取材して制作するときは、仮説を立てて現場に行ってみる。その繰り返しでした。体系的に学ぶよりも職人的に見て学び、自分の中で言葉にしたことがなかったが、[守]で型を学んで、自分がやってきたスキームがこういうことかと気づいた。」

 

ーー編集学校に入ってから、無自覚にやってきた自分のやってきたことに名前がつくということが大きいですね。再現することができますしね。

 

「軽井沢でワークショップを開いて、校長も花伝所にいき、軽井沢にイシスの風が吹き、編集の気風が生まれている。今までとは違うものの捉え方ができて、今までとは違う発想ができている。学校だけでなく地域で進めていけそうです。」


福地恵理さん(51[守] シビルきびる教室)のキーブックは今夜のマダム、安藤昭子の『才能を開く編集工学』だ。著者の前で恐縮ですが、と付箋だらけの本を差し出した。

 

ーーなぜこの本を?

 

「[守]の稽古で、振り返りで悩んだ時期に、汁講で番匠に勧められた。
振り返りが大好きで、ちゃんと消化しないと寝れなくなってしまう。稽古でも半月くらい休んで、復習しながら、この本を読んだ。

《才能の「才」は、古くは「ざえ」とも読み、石や木などの素材に備わる資質のことを言いました。それを引き出すはたらきが「能」です。》
《そして大切なことは、才能は自分の内面だけで完結するものではなく、環境との相互作用の中で引き出されていくものだということです。》

これを読んで、言葉にできない感情が湧き上がり、救われた。このまま進んでいいのか、わかったふりをしているのではないかと悩んでいた時にこの本を読んでターニングポイントになった。」

 

そんな福地さんを見つめながら、安藤は「校長から伝えられた言葉で、この言葉が一番刺さった」という。

 

「[破]に進み、多読ジムに進もうと思っています。インプットをしたものをアウトプットしてこそなので、職場で出せるものは出していきたい。[守]の学びで言葉の美しさ、日本語の美しさに気がつきました。」

 

 

 

武澤亨さん(51[守] 森のシナプス教室)
キーブック『にほんご』安野 光雅 、大岡 信 (編集), 谷川 俊太郎 (編集), 松居 直 (編集)/福音館書店

 

 

ーー本の紹介に、文部科学省の学習指導要領にとらわれない小学校1年生の国語教科書とありますね。なぜこの本を?

 

「本を読むことに馴染みがなかったため、稽古中は本屋で立ち読みをしていた。この本は大人が読む本として、いつも読む雑誌に紹介された本。今まで、ここまで日本語に触れる機会がなかったので小学校から日本語を勉強したくなった。」

「一番最初にデザインに一目惚れして、紙の手触りが気に入って購入しました。」

 

ーーご職業がデザイナーなんですよね。稽古体験はどうでした。

 

「稽古は、大変だけど楽しかった。15週間、この間を行ったり来たりでした。この先については、妻を汁講に連れていくので、その時に一緒にイシスができるかどうか、話してみたい。」

 

ーーイシス編集学校は編集の学校だけれども、日本語の美しさに気づくことを沢山の方が体験されています。

 


[守]の学衆のキーブックは『アースダイバー』『才能を開く編集工学』『にほんご』、の三位一体で、編集と編集を育てるトポスと言葉を文字通りのキーにして語った。15週の稽古の熱さは未だに覚めていない。すでに次のターゲットを見つけているようだ。再びの巡り合いを楽しみにしたい。

 

突破者は語る

 

次にバーを訪れるのは、明日、9月17日に突破式の50[破]の三人。


齋藤渉さん(50[破] 境域ビオトープ教室)
キーブックは『噺家人ぎらい』桂宮治/扶桑社

 

ーーなぜこの本を?

 

「[破]に進み、物語が書けそうにないので、桂宮治さんの落語を聞きに独演会に行った。そこで購入したサイン入りの本です。」

 

ーー物語のために落語を聞いてどうでした?

 

「筋がわからずに聞いたが、キャラクターが立っていて、落語を聞いて登場人物のメリハリを掴んだ。この本を読んでいると不登校だったとか、高校のときはバイト三昧で遊んでいたとか意外な一面を発見した。クロニクル編集での自分の歴象で止まってしまったが、この本を読んで、キーワードを出すと進むと思ったので、「話す」というキーワードで集めたら自分史が完成した。」

 

ーー松岡校長がいうように、ずいぶんなものが伏せられている。伏せられたものの開けっぷりが見事。
ーー落語は人の業の肯定。そこに気づき、クロニクルに役立たせたのは素晴らしい。物語だけでなく、書くことに苦手意識があったと聞いていますが。

 

「物語だけではなく、書くのが苦手だったが、阿部師範と同じ職場で、職場でも文章の書きかたにもいじりみよを使っている。出来上がった原稿は阿部師範には総とっかえの指南をして頂いた。」

 

 

ーー編集学校で学び、実生活、職場でそれを使うことができるのは、非常に貴重な経験ですね。

 

「職場でBPTのTはなんですか?と聞かれ、答えたが、それはPですねと言われている(笑)自分の読み違えを、輪郭を持って知ることができた。型を学んで、労働組合作りに役立てることができている。」

 

次のお客さまは、瀧澤有希子さん(50[破] モーラ三千大千教室)キーブックは『父と暮らせば』

 

ーーリーディング公演をされているのですか?リーディングと朗読の違いとはなんでしょうか?

 

「朗読は普通に座って読む、リーディングは、セットも作り、動いて回る。今年は、今年はト書、生音で効果音を入れて、台詞回しで読んでいます。」

 

ーー編集学校にくる前からリーディングを?

 

「社会人になった時に演劇を学び、リーディングは14年間続けています。」

 

ーー日本語を学びたいそうですね。

 

「中西 進 さんの『ひらがなでよめばわかる日本語』を読んで、漢字が入ってきて別れてしまったが、文字と音が一つのまとまりのある視点で見られていたというのが面白い。日本人てなんだろうと考えた時に、日本語で考えることができれば、日本人だと思い至り、ダイバーシティについて落ち着いて考えられるようになった。」

 

ーー[守]でも[破]でも言葉の言い換えを使ってきたと思うが、稽古で感じたことは?

 

「文体練習は面白かった。言い換えることによる効果はまだわからないが、思考の動きが違うと感じている。レイモン・クノーは面白いので、これからもやってみたいと思う。」

 

ーー人と一緒に学ぶというのが面白いですね。

ーー出戻りといいうか、返し縫いというか面白い体験ですよね。この後はどうしたいですか?

 

「物語講座で物語を作りたいと思っています。」

 

 

ーー物語講座は、一つの種を変容させる。言語の可能性も感じるし、おさな心もあるし、自分の方法を知ることもできますよ。


最後のお客様は、山田大人さん(50[破] 決戦アイドル教室)

キーブックは、『ラーメンと愛国』速水健朗 /講談社現代新書

 

ーーなぜこの本を?

 

「クロニクル編集術の課題本として選びました。2002~2007年に中国に住んでいて、日本のラーメンは中国にはなかった。稽古の中で、自分史と重ね合わせて読み、これまでにできない体験ができました。明治の支那そばから始まっているし、最初は全然重ならなかったが、最後はうまく自分の転職や自分の歴史と重なった。ラーメンを新く作る、創造、革新、変革と自分の人生の創造、革新、変革とが重なった。」

 

 

ーー食品関係のサプライチェーンのベンチャーでしたよね。チャレンジの連続だったのではないですか?

 

「アパレル系だったが、去年転職して食品系に入った。色々と波乱な人生を送ってきた。」

 

ーー[破]にいくと、クロニクル編集術で自分の人生をデータにしていきます。さらに、いくつかの本を参考にして、混ぜ合わせて、年代だけではなく、意味の軸を加えて新たな意味を持つ年表が出来上がります。

 

ーー[破]は[守]の後の実践と言われているが、もっと深い。[守]のもっと奥にきたと感じるはず。佐々木さんはクロニクルについてどうですか?

 

「わかっていたつもりだったが、書き出せなかった。けれど、他の軸と混ぜ合わせることで意味を感じることができた。」

 

ーー滝沢さんが文体が面白かったそうですが、もう一つ加えるとしたら何がありますか?

 

「クロニクルを終えることができずに、物語編集術に進んだが、物語を書き終えて戻ってきたらクロニクルができた。クロニクル編集の方法を見たからだと思う。」

 

ーークロニクルの軸を作るのは、高度な編集。進んで戻ってくると見え方が変わる。[破]の後には沢山の選択肢がある。

ーー自分の中を開いて、世界が開く。色々なコースに行くと扉が開いていく。

 

学衆時代は体験を言葉にして語り直すことはないが、今日は本があったからこそ、気づいていないこと、気づいたことをひらく、きっかけになった。
固く自分の中にしまわれているものが、本を介することでデロデロと出てくる。
3人の突破者たちは、本を使って、自分と世界の接地点を見つけ出したようだ。

 

 

 

ともしびが落ちても

 

[守]から[破]に進むと本と一緒に進むことになる。[離] は本で世界を読み解く。本無くしては語れない。本を介して世界と出会い直す。

 

人と本との関係は不測不利であり、本を通していくつも人生と出会いこともできる。しかし、絶対的に必要なのは、「方法」だ。型や方法、師範代や師範の言葉に触れて、開けていく時に出会った本が人生の中で大きな位置を占める。

 

安藤の語りで、熱く語り合った、ほんのれんばーは静かにともしびを落とした。またどこかで、本を媒介に語りの妙を見せてくれるだろう。

 

  • 北條玲子

    編集的先達:池澤祐子師範。没頭こそが生きがい。没入こそが本懐。書道、ヨガを経て、タンゴを愛する情熱の師範代。柔らかくて動じない受容力の編集ファンタジスタでもある。レコードプレイヤーを購入し、SP盤沼にダイブ中。

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