自分に不足を感じても、もうダメかもしれないと思っても、足掻き藻掻きながら編集をつづける41[花]錬成師範、長島順子。両脇に幼子を抱えながら[離]後にパタンナーを志し、一途で多様に編集稽古をかさねる。服で世界を捉え直してみたい数寄心で、花伝式目を身体化してゆく。
花伝所の8週間を這い抜けて、入伝生たちの指南は見違えるほど進化した。凛と更新された指南は数あれど、どんな回答もまずは受容するというカマエと、そのカマエを相手に伝わる言葉に変換するハコビが格段に磨かれた。「受容」は、そのあとにつづく相互編集の滑りをよくする潤滑油であり、美容成分を浸透しやすくする導入化粧水であり、ジョン・ガリアーノのバロックぶりを言葉にするためのリバース・エンジニアリングであり、二機・三声に向かう手前の調子なのだ。
しかし多くの入伝生が、心身の奥から花伝式目を理解できているかというと、これがなかなか難しい。文体で世界観を表現し、息を吐くように二曲三体を舞うには、放伝後も編集を人生しつづけるしかない。
入伝式の師範講義で弓道の型を見せる花伝師範の森本康裕。イメージをマネージするための手がかりとして「弓をひくのは的に矢を当てるためではなく、空間(世界)を表現するため」という見方を示した。これから新師範代に贈られる唯一無二の教室名は、無秩序な意味の市場に別の価値世界をうみだす編集装置であり、 虚に居て実をおこなうために松岡校長から贈られる「本歌」なのだ。 Photo: ©後藤由加里
去年から文化服装学院でパターン・メーキングを学んでいる。洋服を作るアプローチは色々あるが、たとえば「立体裁断」はボディ(洋裁専用のマネキン)に布をあてて裁断したり、ピンを打ったり、しるしを書き入れたりしながら、布地と技術で洋服のシルエットを形作っていく方法である。ありふれた綿布が美しい輪郭をつくる過程は魔法のようであり、洋服を作るプロセスのなかで最もドラマティックな瞬間だ。自分でも布をつまんで形を作りながら感じたことは、二次元の布帛を立体的なシルエットに仕立ていく工程には「受容のメトリック」が重要だということである。つまり素材論を意識しつつ布のクセを類推し、そのユニークネスを受け止めながらシルエットをつくる必要があるということだ。
花伝所での稽古と立体裁断の実習が重なるにつれ、47[破]の師範代登板から続いていた未練が、次へ進むための新たな仮説になっていく。自分の数寄をフィルターにすると、脳ミソにしかいられなかった花伝式目の理論が、身体知となって指先に同期してくるようだった。
2023年に開催されたDIORの回顧展をご覧になっただろうか。貴重なアーカイブが集結した展覧会に、服飾関係者がこぞって参集した。華麗な作品、配置、構成、空間演出、すべてが完璧ともいえるエキシビションだったが、トワル作品もまた圧巻だった。平織りの布でここまで美しい曲線の綾が出せるのかと、有力メゾンの技術力を見せつけられた。 Photo: ©DAICI ANO 出所: https://www.vogue.co.jp/lifestyle/article/dior-exhibition-tokyo
美しい立体裁断のために肝心なもうひとつの受容、それは布を触りすぎないことだ。たとえばアイロンで地直ししたトワル(仮縫い用の布)を湿った手でベタベタ触ってしまっては、絶対に美しいシルエットは作れない。トワルは、地の目がまっすぐ通ったときの「ハリ」こそが命なのだ。自分の望ましいシルエットにしようと、布を扱う手に力が入ってしまう様は、題意に沿わせようと「正誤チェック型」の指南をしてしまう師範代に似ている。大事なことは、布の「ハリ」を保ちつつ、布がどう動きたがっているかにアフォーダンスされながら瞬時に素材感をアブダクションし、お互いが望ましい方向へアナロジーとカラダを同時に動かすことである。布という「学ぶモデル」を受容することなく、パタンナーという「教えるモデル」の振る舞いは定まらない。
目指すべきターゲットは布が、学衆が、教えてくれる。師範代に主客を入れ替えるカマエがあれば「学ぶ」と「教える」の境目がゆらぎ、そこにイキイキとした相互編集の場が生まれるだろう。
師範代は「服を着る人」にとどまらず、「服を作る人」でもある。左のボタンを右のボタンホールに掛けるだけでなく、手の平に転がるボタンをどこにどうやって縫いつけるか、どこにどんな穴を開けるかということにワクワクできるのが師範代という才能であり、相互編集の醍醐味なのだ。「虚に居て実を行うわたし」を、教室のあちらこちらで再発見してほしい。
文・アイキャッチ:長島順子
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