【多読アレゴリア:大河ばっか!⑤】「大河ばっか!」の源へ(シーン編その2)

2024/11/30(土)12:00
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 数寄を、いや「好き」を追いかけ、多読で楽しむ「大河ばっか!」は、大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブです。
 ナビゲーターを務めるのは、筆司(ひつじ)こと宮前鉄也と相部礼子。この二人がなぜこのクラブを立ち上げたのか?それは、物語好きな筆司たちが、過去の大河ドラマを編集工学の型によって紐解き、その魅力を分かち合いたいという思いからです。
 ここでは、物語における編集工学の手法である物語編集術を駆使し、2018年大河ドラマ『西郷どん』の印象的なシーンに込められた意図や意匠を掘り下げ、その背後にある真の狙いを探ってみたいと思います。

 

 

■薩長同盟における伏線(第32話「薩長同盟」)

 前回(その1)では、西郷隆盛と大久保利通の友情を象徴する「龍門司坂での再会シーン」を掘り下げました。二人が笑顔で坂を駆け上がる姿は、かつての絆が新たな形で結び直される感動的な瞬間でしたが、同時にその後の対立を暗示する重要な伏線ともなっていました。


 物語が進むにつれ、二人の視点や価値観の違いが徐々に鮮明になっていきます。特に、第32話の「薩長同盟」で描かれる薩長同盟の成立シーンでは、西郷と大久保の関係が決裂へ向かうことを予感させる描写が、巧みに散りばめられています。

 

・西郷と桂の握手
 西郷は桂との握手を通じて、互いの志を確認します。このシーンは、薩摩と長州という過去の敵対関係を乗り越える象徴的な場面ですが、同時に西郷の「信念を共有できれば敵も味方になる」という楽観的な思想を示しています。後の征韓論でも、西郷は同じように「朝鮮との対話によって未来を開く」という信念を掲げますが、この楽観的な理想主義が大久保との衝突の引き金となります。

 

・大久保の沈黙
 握手を交わす西郷と桂を後方から見守る大久保の姿が描かれています。大久保は、その瞬間には直接関わらず、あくまで冷静に状況を見つめています。さらに、大久保が握手をしたのは桂ではなく、薩長同盟の立役者である坂本龍馬です。この描写は、「理想を追う西郷」と「現実に基づく大久保」という一対の立場を浮き彫りにし、後の対立を暗示しています。

 

・握手と沈黙の象徴性
 西郷と桂の握手が理想主義を象徴する一方、大久保の沈黙は「理想の共有が全てを解決するわけではない」という冷徹な現実を示唆しています。征韓論では、この理想と現実のズレが決定的な分裂をもたらします。


■征韓論を巡る対立と決別(第43話「さらば、東京」)

 『西郷どん』では、征韓論を巡る西郷隆盛と大久保利通の対立が、「友情の破綻」として鮮烈に描かれています。西郷が理想を掲げて征韓論を主張する一方で、大久保は冷徹な現実主義者として戦争を回避しようとする立場を取ります。二人の信念が激しく衝突する中、西郷が政府を去る決意を大久保に伝える場面では、かつての深い友情があったからこその苦しみと痛みが強調されています。

 

・悲しき決別
 征韓論を巡る政府内の争いが激化する中、大久保利通は猛然と朝鮮使節派遣に反対し、岩倉具視と共謀して決定を延期させます。この強引なやり方に抗議し、西郷隆盛や江藤新平は政府要職を辞職します。西郷は鹿児島への帰郷を決める前に大久保家を訪ね、盟友の真意を問いますが、このシーンでは西郷が涙を流しながらも、大久保の決意が揺るがないことを悟り、別々の道を歩む覚悟を決める姿が描かれています。

 

・属性の逆転
 この決別の背景には、大久保利通の思想の変化が大きく影響しています。かつて、薩摩(内)に留まっていた大久保に対し、西郷は東京(外)で活動していましたが、欧米列強との条約交渉を経て、大久保は外の世界を目の当たりにします。その圧倒的な国力の差に衝撃を受けた大久保は、国力増強の必要性を痛感しました。一方で、西郷は留守政府の責任者として国内改革に専念し、学校教育制度や地租改正、徴兵令、鉄道開業などの近代化政策を推進していました。


 このように、大久保は「内向き」から「外向き」へ、西郷は「外向き」から「内向き」へと、それぞれの属性が逆転していきます。この変化が、外交政策における二人の対立をさらに深めていきました。大久保にとって、欧米列強の脅威に対抗するための内政強化が最優先であり、戦争を引き起こす可能性がある朝鮮使節派遣は、到底容認できるものではなかったのです。


■大久保利通の最期(第47話「敬天愛人」)

 最終回では、大久保利通が不平士族に襲撃され、命を落とす場面が描かれます。意識を失う直前、走馬灯のように彼の人生を彩った様々な記憶が蘇ります。その中でも特に強く心に浮かんだのは、龍門司坂での西郷との再会シーンでした。

 

 命が尽きようとする瞬間、龍門司坂でのシーンが蘇ったことは、大久保にとって西郷との友情こそが人生の原点であり、最後まで忘れることのできない「原郷」であったことを象徴しています。この最期の描写は、日本という「公」のために友情を捨てざるを得なかった大久保が、最期にして友情という「原郷」へ帰還するシーンだと考えられます(原郷については大河ばっか!①:「大河ばっか!」の源へ(物語マザー編)を御覧ください)。

 

 1990年の『翔ぶが如く』は、歴史と政治の視点から西郷と大久保の姿を浮き彫りにした作品です。それに対して『西郷どん』は、友情や葛藤を通じて、二人の人間性に迫る視点を加えることで、『翔ぶが如く』とは異なる魅力を提示しています。このように、両作品は異なるアプローチで西郷と大久保の人生を描き、それぞれが独自の魅力を持つとともに、互いに補完し合う関係にあるといえるでしょう。

 


多読アレゴリア「大河ばっか!」
【定員】20名
【開講日】2024年12月2日(月)
【申込締切日】2024年12月1日(日)★まもなく〆切!
【受講費】月額11,000円(税込)
*2クラブ目以降は、半額でお申し込みいただけます。
1クラブ申し込みされた方にはクーポンが発行されますので、そちらをご利用の上、
2クラブ目以降をお申し込みください。
【開催期間】2024冬 2024年12月2日(月)~2025年2月23日(日)以後順次決定

お申し込みはこちらから
https://shop.eel.co.jp/products/detail/765


アイキャッチ画像:大河ばっか!×山内貴暉

 

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  • 宮前鉄也

    編集的先達:古井由吉。グロテスクな美とエロチックな死。それらを編集工学で分析して、作品に昇華する異才を持つ物語王子。稽古一つ一つの濃密さと激しさから「龍」と称される。病院薬剤師を辞め、医療用医薬品のコピーライターに転職。