【多読アレゴリア:大河ばっか!④】「大河ばっか!」の源へ(シーン編その1)

2024/11/29(金)12:00 img
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 数寄を、いや「好き」を追いかけ、多読で楽しむ「大河ばっか!」は、大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブです。
 ナビゲーターを務めるのは、筆司(ひつじ)こと宮前鉄也と相部礼子。この二人がなぜこのクラブを立ち上げたのか?それは、物語好きな筆司たちが、過去の大河ドラマを編集工学の型によって紐解き、その魅力を分かち合いたいという思いからです。
 ここでは、物語における編集工学の手法である物語編集術を駆使し、2018年大河ドラマ『西郷どん』の印象的なシーンに込められた意図や意匠を掘り下げ、その背後にある真の狙いを探ってみたいと思います。

 

 

 2018年の大河ドラマ『西郷どん』は、西郷隆盛と大久保利通という二人の歴史的偉人を、友情と葛藤を軸に描き直した作品です。本作は、幕末から明治という激動の時代を舞台に、従来の英雄像を解体し、人間としての西郷と大久保に焦点を当てています。友情や信念、葛藤、そして破綻に至る感情の流れを丹念に追い、彼らの内面に迫る独自のアプローチが魅力です。

 

 この視点の転換は、1990年放送の大河ドラマ『翔ぶが如く』との対比で一層際立ちます。『翔ぶが如く』が、西郷と大久保を政治的英雄として捉え、歴史的役割に焦点を当てたのに対し、『西郷どん』は等身大の人間として描き、友情や葛藤を通じて彼らの本質を探求しました。この物語編集による視点の変更が、ドラマに新しい息吹をもたらしています。


■妻による“英雄像”の否定(第1話「薩摩のやっせんぼ」)

 物語の冒頭、西郷隆盛の妻・糸が上野公園の西郷隆盛像を見上げ、「うちの旦那さんは、こげな人じゃなか」と語るシーンがあります。

 

・銅像の象徴性
 上野公園に建つ西郷隆盛像は、偉業を成し遂げた英雄としての姿を象徴します。しかし、この銅像のイメージは、時に彼の内面の葛藤や迷いを覆い隠す「理想化されたイメージ」として機能します。本作の冒頭で、この銅像を否定するという描写は、理想化に埋もれた「等身大の人間・西郷隆盛」を掘り起こそうとする挑戦の意思を明確に示しているのです。

 

・糸の台詞の意味
 糸の「こげな人じゃなか」という言葉は、西郷が偉人として奉られる一方で、その本来の姿が見失われていることを示唆しています。この台詞は、視聴者に対し「英雄ではなく、一人の人間としての西郷隆盛」を見つめ直すよう促すものであり、本作のテーマを鮮やかに浮き彫りにしています。


■龍門司坂での再会(第13話「変わらない友」)

 島津斉彬とともに薩摩へ帰省した西郷吉之助(後の西郷隆盛)が、幼馴染の大久保正助(後の大久保利通)と龍門司坂で再会する場面は、二人の絆を象徴する重要なシーンです。この時期、西郷は斉彬の信頼を受け、庭方役として側近の立場にありました。篤姫の嫁入り道具一式の選定という大役を任されるなど、西郷が斉彬のもとで重要な役割を果たしている姿が描かれています。その一方で、薩摩に留まり地道に働いていた正助との間には、立場の違いによる微妙な距離感が生じていました。

 正助が西郷に頼ることをためらう背景には、いくつもの複雑な要素が絡んでいました。

 

・薩摩への責任感と後ろめたさ
 正助は、薩摩に留まり現実と向き合いながら地元を支えてきた自負を持っていました。一方で、西郷が江戸で成果を上げる中、自分が地元を離れることに後ろめたさを感じるという葛藤も抱えていました。

 

・吉之助との距離感の変化
 西郷が斉彬に近侍する庭方役として活躍する一方、正助は薩摩で地道な役目を果たしていました。この違いが、正助にとって西郷を一歩先を行く存在として感じさせ、劣等感を生じさせました。「吉之助さぁは変わってしまった」という言葉には、幼いころの対等な関係を失うことへの不安が込められています。

 

・友情における対等性へのこだわり
 幼馴染として対等でありたいという思いから、正助は吉之助に「助けてもらう」「引き上げてもらう」ことに抵抗を感じていました。このため、友情のバランスが崩れることへの懸念が彼を迷わせたのです。

 

 江戸行きをためらう正助に、西郷が「忘れもんをした。おはんじゃ。大久保正助を忘れてきた」と声をかけ、正助の心を揺り動かします。その後、二人が「行っど!」と笑顔で龍門司坂を駆け上がる姿は、二人の友情が新たな形で結び直される瞬間を象徴しています。この再会は、二人が「薩摩を、そして日本を変える」という共通の志を共有するシーンとして描かれ、視聴者に深い印象を残します。


 一方で、この再会シーンは、後に訪れる対立を暗示する重要な伏線ともなっています。共に志を掲げた二人が、やがて信念の違いによって激しく衝突し、袂を分かつ運命を予感させるのです。前半で描かれた友情の輝きが鮮烈であればあるほど、その崩壊は深い感動をもたらし、物語全体のドラマ性をさらに際立たせる効果を生み出します。
 
 次回(その2)では、この友情がどのようにして崩壊への道を辿ったのか、薩長同盟や征韓論を巡る衝突を描いたシーンを中心に解説します。そして、大久保が人生の最期に、どのような「帰還」を果たしたのか、その核心にも触れていきます。

 


多読アレゴリア「大河ばっか!」
【定員】20名
【開講日】2024年12月2日(月)
【申込締切日】2024年12月1日(日)★まもなく〆切!
【受講費】月額11,000円(税込)
*2クラブ目以降は、半額でお申し込みいただけます。
1クラブ申し込みされた方にはクーポンが発行されますので、そちらをご利用の上、
2クラブ目以降をお申し込みください。
【開催期間】2024冬 2024年12月2日(月)~2025年2月23日(日)以後順次決定

お申し込みはこちらから
https://shop.eel.co.jp/products/detail/765


アイキャッチ画像:大河ばっか!×山内貴暉

 

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  • 宮前鉄也

    編集的先達:古井由吉。グロテスクな美とエロチックな死。それらを編集工学で分析して、作品に昇華する異才を持つ物語王子。稽古一つ一つの濃密さと激しさから「龍」と称される。病院薬剤師を辞め、医療用医薬品のコピーライターに転職。